EXECUTIVE BLOG
2024.5.10
高光産業株式会社 妹尾八郎です
昨日からの続きです。
昨日までは 隠れキリシタンの話でした
幕末には 日本にもキリスト教会が出来ますが それは 日本にいる居留民の
為に作られたのでした。
大浦天主堂の司祭もその居留民の為にミサなどを行っていたのでしょうが
まさか キリスト教は禁止している日本に キリスト教を信仰している日本人が
いるとは知らなかったのではと思います。
今日は その話の続きとなる予定でしたが
その前に
キリスト教では 信者になる事を洗礼を受けると言いますが では仏教では
なんと言うのかを ご存知の方は少ないのではと思います。
キリスト教的な洗礼を 仏教で受けた事がないと言ってる方の殆どが 多分
自分では気が付かないうちに 受けているのです。
気が付かないうちに 洗礼を受けているとは どういうことか??? と思うでしょう。
まず 仏教では キリスト教で言う所の 洗礼の事を 授戒と言います。
授戒 は、仏門に入った者に対して戒律を授けることを指します。
具体的には、戒律を授ける儀式のことを「受戒会」と言い、
戒律を授ける側から見れば「授戒」です。
戒名も、この授戒の一環として与えられます。
一方洗礼とは、そのイエス・キリストと一体となることを象徴する儀式と言われています。洗礼は教派によって違いはあるものの、基本的には身体を水の中に浸す儀式です。
これはキリストと共に古い自分が死に、キリストと共に復活して新しい命を生きることを表しているそうです。
私は キリスト系の高校に通っていましたが
なかなか正式な事は覚えていませんが
洗礼を受けるための条件とか何かの資格のようなものは必要なのかと最初は思っていました。
しかし
そのようなものは不要です。聖書を何回読んだとか、特別な体験をしたかとか、お祈りが上手になったかなども関係ないのです。
必要なことは、イエス・キリストを個人的に罪からの救い主として受け入れ、
キリストに従い、共に生きて行きたいという告白と願いのみのようです。
ときに「いくらかましになったら受けよう」と考える人もあるようですが、
その考えですと永遠に受けることは出来ないのです。
かくいう私も 高校時代に聖書の授業があってまして 友人の中には 洗礼を受けていた人もいましたが 私はいいかげんでしたので それこそ もう少しまともになって
考えようかと 思っているうちに 卒業してしまいました。
で 話は戻って 仏教でいう所の授戒ですが
これを 意識的にうけている方は少ないと思いますが、 でも
殆どの方は 知らないうちに受けている方が大半だと思います。
一体どういう事???? と思ってしまいますが、、、、
その話は
明日へ続く、、、、。