EXECUTIVE BLOG
2024.10.2
高光産業株式会社 妹尾八郎です
昨日からの続きです。
昨日までは
牛若丸の話から 弁慶の話しへ進んでいます。
牛若丸も弁慶も 歴史物語や漫画でも目にしているので
なんとなくは知っているものの その奥にあるものまでは理解してないですね。
で 弁慶の話しになるのですが、
弁慶の詳細の話しの前に、、、、、
所で 弁慶で思い出したのが 弁慶の泣き所と言う言葉がありますね、
みな 思い当たることがあると思いますが、 固いものが 脚の脛にあたった時に
声が出るくらいの痛みが走ると思います。
この部位の事を 弁慶の泣き所と言うのです。
では 何故そのように言われるようになったのか??? ですが
膝からくるぶしまでの間を脛と言いますが、この脛の前面が向こう脛です。
向こう脛には、「弁慶の泣き所」以外にも「むかはぎ」という別名もあります。
医学用語で言えば「前脛部」と言うのだそうです。
実は「弁慶の泣き所」には「向こう脛」以外の意味も存在するのですが、
「なぜ弁慶の泣き所は打たれると痛いのか?」についての話しになります。
弁慶の泣き所は骨が触知できるほど、他の部位より肉が薄くなっていますね。
実際に触ってみると分かると思いますが、硬い骨に触れます。
この骨を脛骨というのです。
この脛骨は筋肉によって守られていないのです。
そして骨の表面にある骨膜には、痛覚受容器が広く分布しているのです。
弁慶の泣き所に受けた衝撃は、筋肉に守られていない脛骨にモロに伝わり、
骨膜の痛覚受容器を刺激します。
だから弁慶の泣き所を打たれると、ものすごく痛いのですよ。
さて弁慶は筋骨隆々、怪力無双の人物と言われています。しかし、いかな弁慶でも、筋肉に守られていない部位は鍛えようがありません。
向こう脛は、あの弁慶ですら泣いて痛がる箇所でした。
そこから転じて、弁慶の泣き所は「唯一の弱点・急所」「強者の最も弱いところ」という意味でも使用される事になったのです。
また 私は知りませんでしたが、
「手の中指の第一関節から先」も弁慶の泣き所と呼ばれているそうです。
これは中指の第一関節を伸ばしたまま第二関節を曲げると
第一関節に力が入らなくなることに由来しているそうです。
とはいえ泣いて痛がるような箇所ではないですね、、、。
弁慶が脛を打たれて泣いたというエピソードは実際には存在しないようです。
「弁慶の泣き所」は、「あの弁慶ですら泣くほどの」という誇張を含んだたとえ話だと言う事です
しかし この言い方は 言いえて妙ですが 一体誰が最初に使ったのかを知りたいと思います。
弁慶繋がりで もう一つ 気になった事があります。
弁慶と言えば 五条大橋で牛若丸と戦ってますが この橋は後に弁慶橋とは
言われてませんね、
所が 東京の 赤坂に 弁慶橋と言う橋があるのです。
私は ずっと あの弁慶に関する橋だと勝手に思っていましたが
実は、、、、
の話は
明日へ続く、、、、。