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2025.9.3

事後法

高光産業株式会社

妹尾八郎です。

 

昨日までは 戦犯の種類の話しでした。

 

太平洋戦争が終結し、極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判が開かれ、

日本の指導者たちがA級戦犯として裁かれました。

 

彼らに問われた罪は「平和に対する罪」と呼ばれ、

侵略戦争を計画し、開始し、遂行した責任を追及するものでした。

 

この罪はそれまでの国際法において明確に定められていたものではなく、

戦後に新しく設けられた概念であったため

「事後法」と批判されることになりました。

 

法の世界では「罪刑法定主義」という大原則があります。

これは法律が明確に定められていない行為を遡って罰してはならないという考え方で、

自由や人権を守るための近代法治主義の根幹に位置するものです。

 

つまり法律がなかった時代の行為を

後からつくった法律で処罰することは本来認められないという考えです。

 

東京裁判での「平和に対する罪」は、

この原則に照らすと明らかに問題がありました。

なぜなら当時の国際法には

「侵略戦争を始めること」そのものを処罰する条文が存在しなかったからです。

 

確かに1928年の不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)では

戦争の放棄が謳われていましたが、

そこには違反した場合に指導者個人を刑事責任に問う仕組みはありませんでした。

 

国際法上、戦争は違法ではあっても

国家指導者を個人として裁くルールはなかったのです。

 

にもかかわらず、

東京裁判では「侵略戦争を開始した責任」をA級戦犯に課しました。

これこそが事後法と呼ばれる理由であり、

多くの法学者や国際法専門家がこの点を批判しています。

 

ニュルンベルク裁判も同様に事後法的側面を持っていましたが、

あちらはナチスの行為の凄惨さが際立っていたため、

道義的正義の観点から広く受け入れられやすかった側面がありました。

 

一方日本の場合、戦争責任をどう裁くかはより複雑な問題を含んでいました。

東京裁判では11カ国の裁判官が参加しましたが、

判決に際して意見は必ずしも一致していませんでした。

 

インドのパール判事は、

A級戦犯の「平和に対する罪」は事後法であり国際法に照らして不当であるとし、

全員無罪を主張しました。

またフランスのベルナール判事も、法理上問題があると懸念を示しました。

 

結局のところ、多数意見によって有罪判決が下されましたが、

判決文の中でも「事後法性」に関しては否定しきれない矛盾が残りました。

 

事後法批判の背景には、

勝者が敗者を裁く「勝者の裁き」という構図もあります。

連合国は日本の指導者を裁きましたが、

同時にソ連によるポーランド侵攻やシベリア抑留、

アメリカによる広島長崎への原爆投下など、

戦勝国の行為については一切問われませんでした。

 

国際法の名のもとに行われた裁判であっても、

実態は戦勝国の政治的判断が大きく影響していたことは否定できません。

 

そのため東京裁判は

「正義の名を借りた政治裁判」であるとの批判も根強く存在しています。

 

ただし、当時の国際社会には

「二度と戦争を起こさせてはならない」という強い決意がありました。

 

侵略戦争を罪とする考え方は事後的に導入されたものであっても、

今後の国際秩序を築くためには必要だとされたのです。

 

この延長線上に、

国連憲章における武力行使の禁止や、

国際刑事裁判所(ICC)の設立などが位置づけられます。

 

つまり東京裁判での事後法的な「平和に対する罪」の適用は、

当時としては法理的に矛盾をはらみながらも、

未来志向的な意味を持っていたと評価する見方もあるのです。

 

戦後日本国内では、この事後法問題は長く議論されてきました。

A級戦犯とされた人々は処刑や終身刑に処されましたが、

1950年代になると釈放や赦免の動きも広がり、

やがて彼らを「国内的には犯罪人とみなさない」とする国会決議もなされました。

これは事後法性への批判や、

国際社会の中での日本の再出発への配慮とも関連しています。

 

結局のところ、

東京裁判のA級戦犯に課せられた「平和に対する罪」は、

法理的には事後法であるという問題を避けられず、

それゆえに今日まで「東京裁判史観」と呼ばれる議論の的となっています。

 

一方で、その事後法の適用があったからこそ、

戦争を起こすこと自体が罪であるという考え方が国際社会に根づき、

現在の国際秩序の基盤を形作ったことも事実です。

日本人にとっては受け入れ難い裁きであったかもしれませんが、

その矛盾とともに平和の価値を学んだ歴史的経験であったとも言えるのです。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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