
EXECUTIVE BLOG
2025.11.2
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
昨日はハロウィンの話しでした。
ハロウィンでは火を焚いて悪霊を追い払っていましたが
日本のお盆では 火を焚いて先祖様が変えれる印の役目ですね
今日は 同じ炎でも 西欧との違いについての話に進みます、、。
ハロウィンの夜、街を歩くとカボチャのランタンや仮装した人々でにぎわいますが、
その起源をたどると、もともとは「火」を焚く夜でした。
古代ケルト人が行っていた「サウィン祭(Samhain)」という収穫祭がその始まりで、
この夜は一年の終わり、そして冬の始まりを告げる日でした。
ケルトの人々は、冬を「死の季節」と考えており、
自然界が枯れ、光が減り、命が静まりかえる時期を前に、
死者の霊や悪霊がこの世に戻ってくると信じていました。
そのため、人々は夜に大きなかがり火を焚き、悪霊を追い払い、
自分たちの村を守ったのです。
この火は「恐れから生まれた火」であり、
霊を退け、災いを遠ざけるための防衛の火でした。
仮面をかぶる習慣も、悪霊に自分を見つからないようにするための知恵でした。
つまり、ハロウィンの起源には
「死や霊に対する恐れ」という人間の本能的な感情が深く関係しているのです。
一方、日本のお盆も「火」を焚く行事ですが、その意味はまったく違います。
お盆は仏教と日本古来の祖霊信仰が融合して生まれた行事で、
先祖の霊が一年に一度家に帰ってくると考えられています。
迎え火は、あの世から帰ってくる霊が迷わないように照らすための“道しるべ”であり、
送り火は、再びあの世へ帰る霊を優しく見送る“感謝の灯り”です。
火を焚くことは恐怖ではなく、むしろ温かい心の表れであり、
先祖を敬い、家族とのつながりを確かめる行為なのです。
つまり、
日本の火は「愛と感謝から生まれた火」であり、
ケルトの火とは真逆の意味を持っているのです。
なぜ同じ「火」を焚くという行為に、これほどの違いが生まれたのでしょうか。
それは、文化ごとの“死の捉え方”が大きく異なるからです。
西欧では、死は“終わり”であり、“生と死の境界”は越えてはならない世界とされてきました。
死者は安らかに眠るべき存在であり、
生者の世界に戻ってくることは恐ろしい出来事でした。
そのため、死者の霊が訪れる夜は、恐れの対象となり、
悪霊を防ぐための儀式が必要とされたのです。
しかし日本では、死は終わりではなく、“命の循環の一部”と考えられてきました。
死者の霊は恐れるべきものではなく、家族を見守り、導いてくれる存在です。
祖先の霊は山や川、火や風といった自然の中に溶け込み、
やがて子孫のもとへ戻ってくると信じられています。
したがって、火は霊を遠ざけるためではなく、
むしろ迎え入れるための光になるのです。
この違いは、自然に対する人間の心の向きにも表れています。
西欧では自然を「制御すべきもの」「脅威となる存在」として見てきました。
厳しい冬や荒れ狂う嵐、命を奪う寒さなど、自然は人間に試練を与える存在でした。
そのため、火は自然の闇を追い払い、秩序を守るための象徴だったのです。
一方、日本では自然は「共に生きるもの」「神の宿るもの」として受け入れられてきました。山や川、木々、火、すべてに“命”が宿ると考え、感謝の心で接してきたのです。
そのため、火もまた、恐怖を払うものではなく、祈りを届け、
心を通わせるための神聖な光として扱われました。
たとえば、京都の「五山の送り火」では、大文字や妙法の形に炎が灯され、
霊を見送る幻想的な光景が広がります。
この火は“別れ”ではなく“再会の約束”の火です。
来年もまた会えるように、
どうぞ安らかにお帰りくださいという優しい心が込められています。
これに対して、ハロウィンのかがり火は“恐れの象徴”であり、
混沌を防ぎ秩序を保つための火でした。
つまり、同じ「火」であっても、
西欧の火は“外から身を守るための火”、
日本の火は“内から心を温めるための火”なのです。
前者は防御の火、後者は祈りの火。
どちらも人々が生きるために必要なものでありながら、
その根底にある精神がまったく異なっています。
そして、この違いは単に宗教や風習の差ではなく、
人間が“死”と“生”をどう受け止めてきたかという哲学の違いでもあります。
西欧では、死は「恐怖の対象」であり、「克服すべきもの」でした。
だからこそ、悪霊を追い払い、死の闇を明るく照らす火が必要だったのです。
一方
日本では死は「つながりの延長」であり、「敬うべきもの」でした。
死者は断絶した存在ではなく、今も心の中に生き続ける家族です。
だからこそ、
火を灯して「おかえりなさい」と迎え、「また来年」と見送るのです。
同じ炎でも、恐れの火と感謝の火。
その違いは、文化が育んだ心の在り方の違いなのです。
ハロウィンの夜に灯るかがり火と、お盆の夜に灯る迎え火や送り火。
どちらの火も、人々の「見えない世界」への祈りを映し出しています。
前者は「闇を拒む光」、後者は「闇を照らす光」
。どちらも人間が“死”という未知に向き合うために生まれた文化の知恵であり、
時代を超えて受け継がれてきた心の象徴なのです。
こうして見ると、ハロウィンとお盆は、異なる文化に根差しながらも、
「人は死を恐れながらも、同時にその向こうにある命のぬくもりを求めてきた」
という共通の願いを伝えています。
火を焚くという行為には、単なる儀式を超えた、
人間の根源的な祈りが込められているのです。