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社長&顧問ブログ

2025.12.28

仕事納め

高光産業株式会社

妹尾八郎です。

 

本日は 今年最後の日曜日のなります。

 

「仕事納め」という言葉は、

現代では多くの会社や官庁で十二月下旬に行われる年内最後の勤務日を指しますが、

その考え方自体は決して新しいものではありません。

 

結論から言えば、「仕事納め」という名称が一般化するのは近代以降ですが、

「一年の働きを終え、区切りをつけて新年を迎える」という発想は、

平安時代、江戸時代を通じて、日本人の生活と深く結びついてきました。

 

平安時代の人々は、現代のように企業勤めをしていたわけではありませんが、

年末には明確な「区切り」がありました。

 

朝廷では年中行事が細かく定められており、

十二月になると一年の政務や祭祀を締めくくる儀式が続きます。

 

代表的なものに「御仏名(みぶつみょう)」があります。

これは一年の罪や穢れを悔い改め、心身を清める仏教行事で、

天皇から貴族、僧侶に至るまで参加しました。

 

また、年末には神々を迎える準備として、屋敷や御所の掃除、調度品の手入れが行われ、

物理的にも精神的にも一年を終わらせる時間とされていました。

 

平安貴族の日記を読むと、年末は慌ただしくもあり、

同時に「今年も無事に務めを果たした」という安堵がにじみ出ています。

 

つまり平安時代の年末は、「仕事納め」という言葉こそ無いものの、

政務や日常の役割を一度締めくくり、心を整えて新年を迎える期間だったのです。

 

時代が下り、江戸時代になると、

この「区切り」はより庶民の生活に浸透していきます。

 

江戸幕府の武士にとって、

年末は年貢や行政事務の整理、帳簿の確認などを終える重要な時期でした。

一方、町人や商人にとって年末は、まさに一年の集大成でした。

商家では「勘定納め」と呼ばれる行事があり、

売掛金や買掛金を整理し、取引先への支払いを済ませ、

従業員に給金や褒美を渡します。

これが終わって初めて、「今年の商いは終わった」と言える状態になります。

 

また、江戸時代の年末行事として有名なのが「煤払い(すすはらい)」です。

十二月十三日頃に行われ、家や店、武家屋敷、

さらには城や寺社でも一斉に煤を落としました。

これは単なる大掃除ではなく、一年の汚れや厄を払い、

新年の神様を迎えるための重要な行為でした。

煤払いを終えると、正月準備が本格化し、日常の仕事は次第に縮小されていきます。

 

商家では奉公人たちが年末年始の休みをもらい、故郷へ帰る者もいました。

これらの習慣を見ると、江戸時代の人々もまた、

年末に「働きを終える」「一区切りつける」

という意識を強く持っていたことが分かります。

 

明治時代になると、西洋的な時間管理や官僚制度が導入され、

ここで初めて「仕事納め」「仕事始め」という言葉が制度として定着していきます。

官庁では年末年始の休暇が定められ、

企業もそれに倣う形で年内最終営業日を設定するようになりました。

 

特に近代以降の会社組織では、暦年で区切って決算や業務報告を行う必要があり、

「年内最終日=仕事納め」という意識が一層明確になります。

 

昭和期に入ると、十二月二十八日が官公庁の仕事納めとして定着し、

民間企業でも同様のスケジュールが広く共有されるようになりました。

こうして見ると、「仕事納め」は単なる休みの前日ではなく、

日本人が長い歴史の中で培ってきた「一区切りの文化」の現代的な形だと言えます。

 

平安時代には儀式と祈りをもって心を納め、江戸時代には勘定と掃除で一年を締め、

明治以降は制度として業務を終える日が定められました。

 

形は変わっても、

「一年間の働きを振り返り、感謝し、次の年に備える」という精神は一貫しています。

 

現代の私たちが仕事納めの日に挨拶を交わし、

机を片付け、「今年もお世話になりました」と言葉にするのは、

千年以上前から続く年末の心構えを、

知らず知らずのうちに受け継いでいる姿なのかもしれません。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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