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2026.1.7

祭神

高光産業株式会社

妹尾八郎です。

 

日本全国にある神社を見渡すと、祀られている神様は実にさまざまです。

 

古事記や日本書紀に登場する神話の神々もいれば、

過去の天皇陛下や皇族、あるいは歴史上の人物が祀られている神社もあります。

 

では、これらの祭神はいったい誰が、どのようにして決めたのでしょうか。

 

この点を理解するには、「神社はなぜ生まれたのか」という原点に立ち返る必要があります。

 

結論から言えば、神社の祭神は誰かが後から自由に選んだものではなく、

その神社が生まれるに至った理由、つまり由緒や背景によって、

ほぼ必然的に定まったものなのです。

 

古代の日本において、

神社は今のような観光施設や祈願の場として整えられたものではなく、

人々が自然や社会の中で生きていく上で、

どうしても祈りを捧げなければならなかった切実な場所でした。

 

豊作を願う、災害を鎮める、国や集落を守る、病や疫病を退ける、

こうした願いの対象として、最もふさわしい存在が祭神として定まっていったのです。

たとえば神話の神々が祀られている神社の場合、

その神様は国づくりや農耕、海や山、命の誕生など、明確な役割を持っています。

 

この土地は田畑を守る神が必要だ、この地域は海の安全を司る神を祀るべきだ、

というように、人々の生活と神の働きが自然に結びつき、祭神が決まっていきました。

 

これは「誰が決めたか」というよりも、「そうでなければならなかった」

という方が実情に近いと言えるでしょう。

 

また、天皇陛下や皇族、歴史上の人物が祀られている神社についても、

同じ考え方が当てはまります。

 

これらの神社は、その人物が亡くなった後、

国や地域に極めて大きな影響を残した存在として、その御霊を丁重にお祀りし、

国の安定や人々の平穏を願うために建てられたものです。

 

特に天皇の場合は、政治的な判断というよりも、

御霊を鎮め、敬い、国の柱として仰ぐという思想が背景にあります。

この場合、朝廷や地域の有力者が中心となって創建に関わりましたが、

それも個人の好みや思いつきではなく、

当時の社会全体の認識と合意の上で行われたものでした。

 

さらに古代社会では、氏族と呼ばれる血縁集団が大きな力を持っており、

それぞれの氏族には自らの祖先神、いわゆる氏神がありました。

 

その氏族が土地を開き、治め、守っていく過程で、

自分たちの祖神を祀る神社が建てられます。

 

この場合、祭神は一族の起源そのものですから、選択肢があるわけではなく、

ごく自然に定まったものです。

 

また、地震や疫病、戦乱など、社会に大きな混乱が起きた際に

神社が創建されることもありました。

 

原因が分からない災厄が続くと、人々はそれを特定の御霊の怒りや祟りと受け止め、

その御霊を丁重にお祀りして鎮めようと考えました。

こうして生まれた神社では、その災いと結びついた存在が祭神となり、

人々の恐れと祈りが形になって残されていきます。

 

ここで大切なのは、神社は創建された後、

祭神がころころ変わるものではないという点です。

後の時代に別の神様を合祀することはありますが、

中心となる主祭神は、その神社が生まれた理由そのものですから、

変更されることはほとんどありません。

 

神社とは、時代ごとの流行や人の都合で作り替えられるものではなく、

その土地の歴史や人々の生き方が積み重なった結果として存在しているものなのです。

 

つまり、神社の祭神とは、人が勝手に選び取った存在ではなく、

その土地、その時代、その社会が必要とした祈りの姿が結晶したものだと言えます。

 

神社を訪れる際には、どの神様が祀られているかだけでなく、

「なぜこの神様なのか」「この場所でどんな願いが重ねられてきたのか」

に思いを巡らせてみると、

その神社が持つ本当の意味が、より身近に感じられるのではないでしょうか。

 

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