
EXECUTIVE BLOG
2026.1.20
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
ダニエルイノウエは アメリカ合衆国の上院議員議長にまでなった人物です。
今日は かれの失った右腕の話しの続きになります、、、。
アメリカ合衆国上院には、就任や委員長就任の際に行われる厳粛な宣誓式があります。
聖書に手を置き、合衆国憲法への忠誠と職務への責任を誓う。
その形式は、国が積み重ねてきた伝統そのものです。
その日、宣誓の場に立っていたのが、ダニエル・K・イノウエ でした。
彼はすでにベテラン議員であり、
ついに上院の重要委員会の委員長に就くことになっていました。
議場には多くの同僚議員が集まり、形式どおり式は進められます。
しかし、その瞬間、場の空気が一瞬だけ揺れます。
イノウエは、聖書に左手を置いて宣誓を行っていました。
それを見た一人の議員が、小声ながらもこう口にしたと言われています。
「なぜ右手を置かないのか。宣誓において、それは不謹慎ではないのか」
形式だけを見れば、確かに“異例”でした。
しかし、それは彼の過去を知らない、あるいは想像しようとしなかった言葉でもありました。
その時、近くにいた同僚議員の一人が、静かに、しかしはっきりと答えます。
「彼の右腕は、すでにこの国に捧げられている」
「ナチスと戦う戦場で、アメリカのために失われたのだ」
議場は、一瞬静まり返ったと言われています。
その言葉が意味するものを、誰もが理解したからです。
イノウエの右腕は、事故で失われたものではありませんでした。
名誉や地位のためでもありません。
差別され、忠誠を疑われながらも、
それでも“アメリカ市民としての責任”を選び、最前線で戦った結果でした。
彼は右腕を、まさに文字どおり「国家に奉じた」のです。
その説明を受けた議員は、深く恐縮し、言葉を失ったと伝えられています。
誰も責める声を上げることはありませんでした。
責める必要がなかったからです。
その場にいた全員が、「何が不謹慎で、何が尊敬に値するのか」を、
言葉ではなく現実として理解した瞬間でした。
イノウエ自身は、この出来事を大げさに語ることはありませんでした。
彼は常に、戦場で命を落とした仲間たちのことを語り、
自分だけが特別であるかのように扱われることを避け続けました。
右腕を失ったことも、彼にとっては「役割を果たした結果」であり、
誇示するものではなかったのです。
しかし、この宣誓式の一幕は、後に多くの人の心に残る話となります。
それは、形式や作法を超えて、「国家への奉仕とは何か」「忠誠とは何か」を、
静かに問いかける出来事だったからです。
聖書に置かれなかった右手。
けれどその右腕は、はるか以前に、銃弾と爆風の中で、
すでにアメリカという国に差し出されていました。
誰よりも重い形で誓いを果たしていた人物に、
改めて誓いの作法を問う必要はなかったのです。
ハワイの空港に刻まれた名前の背後には、こうした静かな尊厳の物語があります。
声高に語られることはなくとも、知れば知るほど胸を打つ。
それが、ダニエル・K・イノウエという人物の本質であり、
彼が今も尊敬され続ける理由なのだと思わずにはいられません。