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2026.3.8

ペルシャからイランへ

高光産業株式会社

妹尾八郎です。

 

昨日までは ペルシャ文化の話しでした。

本日もこの話の続きになります、、、。

 

イランという国を理解するためには、古代ペルシャ帝国の栄光だけではなく、

その後どのような歴史を歩み、

なぜ現在のような政治体制や国際関係になったのかを知る必要があります。

 

ペルシャ帝国は紀元前330年、

東方遠征を進めていたマケドニアの王アレクサンドロス大王によって滅ぼされました。

 

巨大帝国は崩壊しましたが、ペルシャの文化や行政制度は消えることなく、

むしろ征服者であるギリシャ人にも大きな影響を与えました。

 

アレクサンドロスの死後、この地域はギリシャ系のセレウコス朝の支配を受けますが、

やがてイラン系民族によるパルティア王国が興り、再びイラン人の国家が成立します。

 

このパルティアはローマ帝国と長く対立し、

東西の大国がぶつかる境界として歴史に登場します。

 

その後三世紀になるとササン朝ペルシャが成立し、

古代ペルシャ文化を復興させながら強力な国家を築きました。

 

ササン朝はゾロアスター教を国教とし、

壮麗な宮殿建築や芸術、行政制度を整え、

当時の世界でも屈指の文明国家として繁栄します。

 

ローマ帝国、のちのビザンツ帝国とは長く争いを続け、

まさに西洋と東洋の文明が接する最前線でした。

 

しかし七世紀になると歴史の大きな転換が訪れます。

 

アラビア半島で誕生したイスラム教が急速に勢力を拡大し、

ササン朝ペルシャはイスラム軍によって滅ぼされます。

これによってイランの地はイスラム世界の一部となりますが、

ここで興味深いことが起こります。

 

征服されたはずのペルシャ文化が、

逆にイスラム文明の中心文化として復活したのです。

 

イスラム帝国の行政制度や文学、哲学、医学、科学の多くは

ペルシャ系の学者によって発展しました。

 

バグダッドの知の中心ではペルシャ人学者が活躍し、

古代ギリシャの学問を翻訳し、数学や天文学を発展させました。

 

ペルシャ語文学も大きく花開き、「シャー・ナーメ」という叙事詩は

イラン民族の歴史と誇りを語る大作品として現在まで読み継がれています。

 

また詩の文化も非常に発達し、

ルーミーやハーフェズといった詩人は今でも世界中で愛されています。

 

このようにイランはイスラム世界の中でも独自の文化的存在となっていきました。

 

さらに16世紀になるとサファヴィー朝という王朝が誕生し、

ここで現在のイランの宗教的特徴が形作られます。

 

それまでイスラム世界の多くはスンニ派でしたが、

サファヴィー朝はシーア派イスラムを国家の宗教として採用しました。

これによってイランは

周囲のスンニ派国家とは異なる宗教的アイデンティティを持つようになります。

 

現在でもイランはシーア派の中心国として知られています。

この宗教的特徴は、後の中東政治にも大きな影響を与えることになります。

 

やがて近代に入ると、イランの歴史は再び大きく揺れます。

19世紀から20世紀にかけて、ロシア帝国やイギリスなどの列強が中東へ進出し、

石油資源をめぐる争いが激しくなりました。

 

イランも例外ではなく、

石油利権をめぐって外国勢力の影響を強く受けるようになります。

 

20世紀初めには立憲革命が起き、近代国家を目指す動きが始まります。

 

その後、レザー・シャーという指導者が政権を握り、

国名をペルシャからイランへと変更し、西洋型の近代国家を目指しました。

 

鉄道や大学、近代産業などが整備され、国家の近代化が進みます。

しかしこの近代化は強権的なもので、社会には様々な不満が蓄積していきました。

 

第二次世界大戦後、イランでは石油をめぐる政治対立が激しくなります。

1950年代にはモサデク首相が石油産業の国有化を進めましたが、

これはイギリスやアメリカの利権に大きな影響を与えました。

その結果、

1953年にアメリカとイギリスが関与したとされるクーデターによって

モサデク政権は倒され、親米的な王政が強化されます。

 

この出来事は、後にイラン国内で強い反米感情を生む原因の一つとなりました。

 

その後のパフラヴィー王朝は急速な西洋化政策を進めましたが、

宗教勢力や庶民の不満は大きくなっていきます。

 

そして1979年、ついに歴史的な大事件が起こります。

イラン革命です。

宗教指導者ホメイニを中心とする革命によって王政は倒され、

イスラム共和国が誕生しました。

 

この革命によってイランは西側諸国と対立する政治体制となり、

特にアメリカとの関係は非常に悪化します。

 

アメリカ大使館占拠事件などをきっかけに、

両国の関係は現在まで緊張した状態が続いています。

 

こうして見ると、

イランという国は単に「現在の政治体制」だけで理解できる国ではありません。

 

三千年以上前のペルシャ文明に始まり、

巨大帝国の時代、イスラム文明の中心としての時代、列強の介入、

そして革命と現代政治へと続く、非常に長く複雑な歴史を持っています。

 

現在のニュースでは軍事や政治の話ばかりが目立ちますが、

その奥には世界文明の形成に大きな役割を果たしてきた誇り高い文化があります。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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