
EXECUTIVE BLOG
2026.5.5
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
本日は
五月五日 こどもの日ですね、、
今日は この話に進みます、、。
五月五日の「こどもの日」は、
今では子どもたちの健やかな成長を願う日として広く知られていますが、
その起源は古く、
もともとは中国から伝わった風習にあります。
この日は「端午の節句」と呼ばれ、
古代中国では季節の変わり目に
邪気を払う大切な行事の一つでした。
特に五月は気温が上がり、
病気が広がりやすい時期でもあったため、
厄払いの意味が強く込められていたのです。
その風習が日本に伝わったのは奈良時代頃とされ、
宮中行事として取り入れられました。
最初は今のように子どものための日ではなく、
大人も含めた厄除けの行事として行われていたのです。
やがて時代が進み、平安時代になると、
菖蒲やよもぎといった香りの強い植物を用いて邪気を払う風習が広まりました。
菖蒲はその形が刀に似ていることから武を連想させ、
武家社会が台頭するにつれて特別な意味を持つようになっていきます。
鎌倉時代から室町時代にかけて武士の時代が本格化すると、
「菖蒲」と「尚武」という言葉の音が同じであることから、
男の子の成長や立身出世を願う行事へと変化していきました。
江戸時代に入るとこの風習は庶民の間にも広まり、
男の子が生まれるとその健やかな成長を願って
様々な飾りをするようになります。
武家では鎧や兜を飾り、
身を守る象徴として子どもに災いが降りかからないように願いました。
こうした流れの中で、
五月五日は「男の子の節句」として定着していきます。
しかし、現代の「こどもの日」という形になったのは戦後のことです。
一九四八年に制定された国民の祝日により、
五月五日は
「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する日」
と定められました。
ここで初めて、
男の子に限らずすべての子どもを対象とする日へと意味が広がったのです。
長い歴史の中で、
厄除けの行事から武士の文化を経て、
そして現代では子どもたち全体の成長を祝う日へと変化してきましたが、
その根底にあるのは
「大切な存在を守りたい」という人々の思いです。
時代が変わっても、
子どもの未来を願う気持ちは変わらず受け継がれてきたのです。
五月五日は単なる祝日ではなく、
古代から続く人々の祈りと願いが形を変えながら
今に残っている日だと言えます。
こうした背景を知ることで、
こどもの日という一日が
より深く意味のあるものとして感じられるのではないでしょうか。