EXECUTIVE BLOG

社長&顧問ブログ

2026.6.24

東本願寺と西本願寺

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

東本願寺と西本願寺 ― 親鸞聖人が残したもの

京都の東本願寺で聞いた鐘の音から始まった話も、

いよいよその鐘の主である東本願寺そのものへとたどり着きました。

 

これまで私たちは、

インドで生まれた仏教がシルクロードを渡り、

中国で発展し、日本へ伝わった歴史を見てきました。

 

そして日本では、

最澄や空海、法然や親鸞、道元や日蓮といった多くの名僧たちによって、

それぞれの時代に合った教えが広められていったのでした。

 

その中でも現在、日本最大級の信者数を持つ宗派の一つが浄土真宗です。

そして京都駅前にそびえる東本願寺は、その浄土真宗を代表する寺院の一つです。

 

しかし、多くの方が疑問に思うことがあります。

 

東本願寺があるなら、西本願寺もある。 なぜ二つあるのだろうか。

 

実はその答えを知るためには、一人の人物を知る必要があります。

その人物こそ親鸞聖人です。 親鸞聖人は1173年に生まれました。

平安時代の終わり頃です。

 

当時の日本は大きく揺れていました。

貴族社会が衰え始め、武士が力を持ち始めていました。

戦乱や災害も続き、人々は不安の中で暮らしていました。

 

そんな時代に親鸞は九歳で出家します。

比叡山へ入り、二十年近く厳しい修行を続けました。

 

しかし親鸞は次第に悩むようになります。

どれだけ修行しても悟りに近づいている気がしない。

本当に自分は救われるのだろうか。

そんな苦しみの中で出会ったのが法然上人でした。

 

法然は

「南無阿弥陀仏と念仏を唱えれば誰でも救われる」

と説いていました。

 

親鸞はこの教えに深く感動します。 そして法然の弟子となりました。

 

ところが当時の仏教界はこの新しい教えを快く思いませんでした。

法然も親鸞も弾圧を受け、流罪になります。

 

親鸞は越後、現在の新潟県へ送られました。 普通なら絶望するかもしれません。

しかし親鸞は違いました。

地方へ送られたことで、むしろ多くの庶民と出会うことになります。

 

農民。 漁師。 職人。 商人。 武士。 それまで仏教とはあまり縁のなかった人々です。

親鸞はそうした人々と共に生活しながら教えを広めていきました。

 

そこで親鸞は一つの大きな確信を持つようになります。

人は誰でも弱い存在である。 完璧な人間などいない。

だからこそ救いが必要なのだ。

 

この考え方は当時の人々の心を強く打ちました。

さらに有名なのが「悪人正機」という考え方です。

言葉だけ聞くと誤解されやすいのですが、

「悪いことをしてもよい」という意味ではありません。

自分の弱さや至らなさを自覚している人ほど、

救いの有り難さが分かるという意味です。

 

誰もが失敗する。 誰もが悩む。 誰もが迷う。

だからこそ誰もが救われる道がある。

親鸞の教えは非常に人間的でした。

そして親鸞の教えは全国へ広がっていきます。

 

やがて京都に大きな寺院が築かれるようになります。 これが本願寺の始まりです。

 

本願寺は次第に大きな勢力となり、全国に門徒が広がっていきました。

しかし大きくなればなるほど様々な問題も生まれます。

 

後継者問題。 教団運営。 政治との関係。

戦国時代には織田信長との戦いもありました。

有名な石山本願寺の戦いです。

 

本願寺は単なる寺院ではなく、

社会を動かすほどの大きな力を持つ存在になっていたのです。

 

そして戦国時代が終わり、天下統一を果たした徳川家康の時代になります。

ここで本願寺は二つに分かれることになります。

 

1602年、徳川家康の意向によって東本願寺が創建されました。

それまでの本願寺が現在の西本願寺です。

そして新たに設けられたのが東本願寺でした。

 

なぜ分けたのかについては様々な説があります。

一つの巨大な宗教勢力になることを防ぐためだったとも言われています。

 

こうして京都には二つの本願寺が並び立つことになりました。

西本願寺。 東本願寺。

宗派としてはどちらも親鸞聖人の教えを受け継いでいます。

教えの根本も同じです。

 

阿弥陀仏を信じること。 感謝の心を持つこと。 人を思いやること。

違いは歴史的な経緯によるものが大きいのです。

 

現在、京都駅から歩いて行ける場所に東本願寺があります。

私が朝五時に鐘の音を聞いたのもこのお寺でした。

巨大な御影堂。 静かな境内。 そして京都の街に響く鐘の音。

その音は単に時刻を知らせているだけではありません。

 

親鸞聖人の願い。 八百年以上受け継がれてきた人々の祈り。

歴史そのものが音となって響いているように感じます。

 

インドで始まった仏教。 中国で発展した鐘の文化。 日本で花開いた浄土真宗。

その全てが東本願寺の鐘の音の中につながっているのです。

 

そして、ここで私たちはさらに一つの疑問にたどり着きます。

なぜ鐘の音を聞くと心が落ち着くのでしょうか。

なぜ何百年もの間、人々は鐘を大切にしてきたのでしょうか。

 

いよいよ明日は、この原点に戻ります。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/