
EXECUTIVE BLOG
2026.8.17
高光産業株式会社
妹尾八郎です
昨日は、
81年前の終戦から今日まで、
多くの方々が苦労を重ねながら築いてくださった平和について考えました。
今日は、その続きになります、、、。
終戦から81年。
戦争を経験したことのない私たちにとって、
「平和」という言葉は、あまりにも身近で、
時にはその有難ささえ忘れてしまうことがあります。
けれど、平和とは、本当はとても静かなものなのかもしれません。
朝、目を覚ます。
「おはよう」と言う。温かいご飯を食べる。
仕事へ向かう。
夕方になれば、それぞれ帰る家がある。
私たちは、それを「普通の一日」と呼んでいます。
けれど戦争の時代には、その「普通」がありませんでした。
ある母親が、戦地へ向かう息子を見送ったとします。
駅のホームで、「元気でね」
と言ったかもしれません。
本当は、「行かないで」と言いたかったでしょう。
抱きしめて、
「ここにいて」と言いたかったでしょう。
それでも、息子の背中を見送らなければならなかったのです。
そして、その背中が、
生涯最後に見た息子の姿になった母親もいたのです。
戦争とは、そういうものです。
歴史の教科書に書かれた年号だけではありません。
「おかえり」と言いたかったのに、二度と言えなかった人たちがいた。
その悲しみの積み重なりが、戦争なのだと思います。
だから私は思うのです。
それそれの家で「ただいま」
という声が聞こえる。
そして、
「おかえり」
と言う声が聞こえる。
それだけでも、本当はとても有難いことなのではないでしょうか。
私たちは、幸せというものを、少し遠くに探しすぎているのかもしれません。
もっと成功したら幸せになる。もっとお金があったら幸せになる。
もっと良い家に住めたら。もっと認めてもらえたら。
もちろん、夢を持つことも、豊かさを求めることも大切です。
しかし、終戦の日を迎えるたびに思い出したいことがあります。
幸せとは、
「何かを手に入れること」だけではなく、
「今あるものを失わずに今日を終えられること」でもあるのです。
皆が今日も元気だった。
大切な人と話ができた。
温かい食事をいただいた。
笑うことができた。
そして明日の予定を考えることができる。
「また明日ね」と言える。
実は、その一つひとつが、平和の姿なのです。
では、私たちはこの平和を、
どうすれば次の世代へ残すことができるのでしょうか。
私は、特別に大きなことをする必要はないと思っています。
平和の反対は、戦争だけではありません。
人を憎むこと。相手を認めないこと。自分だけが正しいと思うこと。
違う考えを持つ人を排除すること。
小さな争いも、最初は人の心の中から始まります。
だから平和もまた、
私たちの心の中から始めればよいのではないでしょうか。
意見の違う人の話を、最後まで聞く。
腹が立った時、すぐに言葉を返さない。
誰かが失敗した時、責める前に事情を考える。
困っている人に、少し手を差し伸べる。
「ありがとう」を忘れない。
そんな小さなことの積み重ねです。
世界平和というと、とても大きな話に聞こえます。
けれど、
身内の中で平和をつくることなら、今日からできます。
職場の中に平和をつくることもできます。
目の前の一人を大切にすることもできます。
そう考えると、平和とは決して遠いところにあるものではありません。
そして、もう一つ。
私たちには大切な役割があります。
それは、伝えることです。
戦争を体験された方々は、これからさらに少なくなっていきます。
やがて、戦争を直接知る人が誰もいない時代が来ます。
その時、
「あの戦争は昔の話だから」
で終わらせてしまってよいのでしょうか???。
そうではないと思います。
次の世代に、難しい歴史の話をする必要はありません。
たった一つ、
こう伝えるだけでもいいと思うのです。
「今の平和は、最初からあったものではないんだよ」
多くの人が苦しみ、多くの命が失われ、
残された人々が懸命に立ち上がり、
「もう二度と戦争をしてはいけない」
という願いをつないできた。
その先に、私たちの今日がある。
それだけは伝えていきたいものです。
もしかすると、
81年前に亡くなられた方々が今の日本を見ることができたなら、
高層ビルにも、新幹線にも、スマートフォンにも驚かれるでしょう。
しかし、一番見たいものは、そんなものではないのかもしれません。
子どもたちが笑いながら学校へ向かう姿。
若者たちが自由に将来の夢を語っている姿。
そして夜になれば、それぞれの家に明かりが灯り、
皆が安心して寛いでいる姿。
そんな光景を見た時、
きっと静かに、
「これでよかった」
と思ってくださるのではないでしょうか??。
私たちは戦争を体験していません。
しかし、
平和を守る時代を生きています。
そして、
平和を次の世代へ渡す責任があります。
私たちもいつか、この世を去ります。
その時、次の世代に何を残せるでしょうか?。
財産も大切です。
仕事も会社も大切です。
知識や経験も大切です。
しかし、それ以上に残したいものがあります。
それは、
安心して「また明日」と言える社会です。
今日別れた人と、明日また会える。
未来を夢見ることができる。
皆が安心して眠ることができる。
そんな社会を次の世代へ手渡すことができたなら、
それは何より大きな贈り物ではないでしょうか。
平和は、
81年前の人たちから私たちへ渡された一本のバトンなのかもしれません。
そのバトンを、私たちのところで止めてはいけません。
次の世代へ。
そして、その次の世代へ。
平和を願うことは、難しいことではありません。
今日、大切な人を大切にすること。
今日、誰かと争うより、分かり合う努力をすること。
今日ある平和を、当たり前と思わないこと。
その一日一日の積み重ねが、未来の平和につながっていくのだと思います。
戦争を知らない世代が、いつまでも戦争を知らないままでいられる国でありますように。
そして百年後の子どもたちにも、
「ただいま」「おかえり」
という何気ない言葉が、今日と同じように交わされていますように。
平和は、受け継ぐだけのものではありません。
私たちが今日を大切に生き、次の世代へ手渡していくものなのです。
それこそが、
あの時代を懸命に生き抜き、未来を私たちに託してくださった方々への、
何よりの恩返しだと思います。