
EXECUTIVE BLOG
2026.8.29
高光産業株式会社
妹尾八郎です
昨日までは、
平将門という人物について調べていくうちに、
思いついた疑問の話しでした、、。
朝廷から見れば「反逆者」。
しかし関東の人々から見れば、
「自分たちのために立ち上がった人物」
として語られることもある。
同じ一人の人間なのに、
見る立場によって、その姿はまるで違って見える。
歴史とは、本当に不思議なものです。
そして将門についてさらに調べていくと、
もっと不思議な話に出会いました。
それが、
「将門の首が、京都から関東まで飛んで帰ってきた」
という伝説です。
さすがに私は思いました。
「いやいや、そんなことがあるはずはないだろう」
しかし、
何にでも興味を持ってしまう私です。
「そんな馬鹿な」で終わらせれば、それまでです。
むしろ私が知りたくなったのは、
なぜ千年以上も、そんな不思議な話が語り継がれてきたのか。
ということでした。
天慶3年、西暦940年。
平将門は、
現在の茨城県西部付近で行われた戦いで討たれたとされています。
その首は京都へ送られ、
人々の目に触れる形で晒されたと伝えられています。
当時、朝廷に反旗を翻した人物です。
討ち取ったことを世に示す意味もあったのでしょう。
将門の人生は、そこで終わりました。
普通なら、物語もそこで終わるはずです。
ところが
平将門の場合は、そこから伝説が始まるのです。
後世に語り継がれた伝説があります。
京都で晒されていた将門の首が、ある夜、空へ舞い上がった。
そして東の空を目指して飛んでいった。
自分が生まれ育った関東へ帰るために。
そして、
その首が落ちた場所の一つとして
語られるようになったのが、
現在の東京・大手町にある将門塚です。
もちろん、
首が空を飛んだという話を歴史的事実として考えることはできません。
これはあくまでも後世に伝えられた伝説です。
しかし私は、この話を知った時、
「あり得ない話だ」
と笑う気持ちにはなれませんでした。
むしろ、少し胸に残るものがありました。
なぜなら、この伝説の中心にあるのは、
「故郷へ帰りたい」
という、
人間なら誰にでも分かる思いだからです。
私はここで、しばらく考えました。
人間は、どれだけ遠くへ行っても、
どれだけ成功しても、
どれだけ偉くなっても、
心のどこかに
「帰る場所」を持っているのではないでしょうか。
子供の頃に遊んだ道。
懐かしい人の顔。
故郷の山や川。
昔聞いた祭りの音。
何十年離れていても、その記憶は不思議と消えません。
平将門の首が本当に空を飛んだのか。
それは分かりません。
しかし、
「せめて将門を故郷へ帰してやりたい」
そう願った人たちがいたのではないでしょうか。
私は、そんなことを思ったのです。
私たちは昔話や伝説を聞くと、
「本当か、嘘か」
をすぐに考えてしまいます。
しかし、
千年も語り継がれてきた伝説には、
それとは別の見方があるように思います。
なぜ、人々はその話を残したかったのか。
そこを見ることです。
歴史書には、権力者の名前や戦いの日付が残ります。
しかし、
名もなき人々の気持ちは、なかなか歴史書には残りません。
だから人々は、
物語にして残したのかもしれません。
伝説にして残したのかもしれません。
将門の首が空を飛んだという話も、
単なる怪談ではなく、
「この人を、このまま異郷に置いておきたくない」
という関東の人々の思いが生んだ物語だったとしたら、、、、。
私は、この伝説の見え方が少し変わってきました。
私たちは人生の中で、いろいろな場所へ出て行きます。
学校へ行く。就職する。故郷を離れる。新しい仕事に挑戦する。
時には失敗する。時には傷つく。
そして、年齢を重ねていきます。
そんな時、
たった一人でも、
「いつでも帰っておいで」
と言ってくれる人がいる。
それは、
とても幸せなことではないでしょうか。
帰る場所というのは、
住所だけではありません。
自分を忘れずにいてくれる人がいる場所。
そこが、本当の意味での
「帰る場所」なのかもしれません。
そう考えると、
将門は千年以上たった今も、関東へ帰り続けているのかもしれません。
人々が名前を呼び、花を供え、手を合わせ、
その存在を忘れない限り。
私はもう一度、先日見た将門塚を思い出しました。
周囲には巨大なビルが立っています。
その中に、小さな一角が静かに残っている。
最初は、
「なぜ東京のど真ん中に、千年以上前の人物の塚が残っているのだろう」
と思いました。
しかし、少し分かってきたような気がします。
人間というものは、
本当に忘れてはいけない人のためには、場所を残すのかもしれません。
土地の値段ではありません。
便利か不便かでもありません。
そこに、
「忘れない」という人間の心がある。
だから残るのだと思うのです。
人は、いつか必ず亡くなります。
これは誰にも変えることができません。
しかし私は、
将門について調べながら思いました。
人には、もう一つの別れがあるのではないでしょうか。
それは、
誰からも思い出されなくなった時です。
反対に言えば、
誰かがその人のことを覚えている限り、
その人が残したものは、この世のどこかで生き続ける。
「あの人から、こんなことを教えてもらった」
「あの人に助けてもらった」
「あの人の言葉で人生が変わった」
そうやって、人から人へ受け継がれていくものがあります。
財産はいつか形を変えます。
建物もいつかなくなります。
会社だって永遠とは限りません。
しかし、
人の心に残したものは、時として千年を越える。
大手町の小さな塚は、
そのことを私に教えてくれているような気がしました。
最初は、
「将門の首が空を飛んだ?」
という好奇心から調べ始めました。
ところが、
その先にあったのは怖い話ではありませんでした。
人は、誰かを忘れたくない時、物語を残す。
そして、その物語を次の世代が受け取っていく。
そう考えると、
歴史とは単に昔の出来事を覚えることではないのでしょう。
昔を生きた人から、何かを受け取ること。
そして今度は、私たちが次の人へ何かを渡していくこと。
それが歴史なのかもしれません。
何にでも興味を持ってしまう私が、
大手町で偶然見つけた「将門塚」。
調べれば調べるほど、
また新しい「なぜ?」が出てきます。
そして次に私が気になったのは、少し怖い話でした。
将門塚には、
その後、
「粗末に扱ってはいけない」
という言い伝えが生まれていきます。
しかもその話は、遠い昔だけでは終わりません。
近代の東京でも、
将門塚をめぐって様々な出来事が語り継がれているのです。
果たして、それは本当に「祟り」だったのでしょうか。
それとも、、、、、。
の話しは
明日へ続く、、、、。