
EXECUTIVE BLOG
2026.10.16
高光産業株式会社
妹尾八郎です
昨日は、
ハロウィンの遠い起源に関わる
古代ケルトの人々についての話しでした。
ところが、
書きながら一つ気になったことがありました。
そもそも、
ケルト人とは、いったい何者だったのでしょうか????。
私は何となく、
昔のヨーロッパに「ケルト」という国があって、
そこに暮らしていた人々のことだと思っていました。
しかし、調べてみると、どうやらそうではないのです。
ケルトという一つの国があったわけでも、
同じ王様のもとで暮らす一つの民族だったわけでもありません。
古代ヨーロッパには、
ケルト系の言葉や文化を持つ、さまざまな集団が暮らしていました。
現在のフランスやドイツ周辺から、イギリス、アイルランド、
さらにはヨーロッパの広い地域にまで、
その文化や言語の痕跡が残されています。
そして興味深いことに、「ケルト」という名前は、
古代ギリシャ人がヨーロッパの一部の人々を呼ぶ際に
使っていた言葉に由来するのです。
つまり、
もともとは外の人々から付けられた呼び名だったわけです。
これには少し驚きました。
私たちは普段、
歴史の教科書に登場する民族や国の名前を、
何の疑問もなく受け入れています。
しかし、その名前が、
誰によって、どのような理由で付けられたのかまで考えることは、
あまりありません。
名前一つにも、知られざる歴史があるものですね。
さて、古代ケルトの文化を持つ人々は、
優れた金属加工の技術を持っていたことでも知られています。
現在も博物館には、彼らが残した美しい装飾品が展示されています。
中でも私が興味を持ったのは、「トルク」と呼ばれる首飾りです。
金などの金属を巧みに加工し、
曲線や渦巻き模様を施した装飾品で、
二千年以上前に作られたとは思えないほど精巧なものがあります。
その写真を眺めながら、私は思いました。
この首飾りを作った職人は、どんな人物だったのだろう??。
どんな道具を使い、どれほどの時間をかけて、
この美しい形を生み出したのだろう。
今のような工作機械もなければ、コンピューターもありません。
それでも、
人間はこれほど見事なものを作り出していたのです。
そこには、使いやすさだけでは満足せず、
より美しく、より素晴らしいものを作ろうとする、
人間の創造力が感じられます。
時代が違っても、
人間の考える力や工夫する心は、
決して変わらないのかもしれません。
そして、さらに面白いことが分かりました。
古代ケルトの人々が話していた言葉につながる言語が、
実は今でもヨーロッパの一部で使われているのです。
例えば、イギリスのウェールズ地方。
ここでは英語だけでなく、
ウェールズ語という言葉が、今も大切にされています。
道路標識にも英語とウェールズ語が併記されています。
ウェールズ語で「ようこそ」は、
「Croeso(クロエソ)」と言うそうです。
遠い昔から受け継がれてきた言葉が、
今も日々の暮らしの中で使われている。
そう考えると、何とも不思議な気持ちになります。
もちろん、二千年前の言葉が、
そのままの形で残っているわけではありません。
長い年月の中で少しずつ変化しながら、人々によって受け継がれてきたのです。
アイルランドやスコットランドにも、ケルト系の言語や文化が残っています。
美しい音色のハープやフィドルが奏でる伝統音楽にも、
それぞれの土地で育まれてきた長い歴史があります。
時代が移り変わり、国の仕組みが変わり、人々の暮らしがどれほど変化しても、
自分たちの言葉や文化を大切に守り続けてきた人々がいたのです。
私は、ここに何か大切なものを感じました。
人間は、いつかこの世を去ります。
どれほど立派な建物を建てても、
長い年月が過ぎれば、やがて姿を変えていきます。
しかし、
人が生み出した文化や知恵、そして大切にしてきた思いは、
次の時代へと受け継がれていくことがあります。
親から子へ。師匠から弟子へ。
そして、名前も知らない誰かから、また次の誰かへ。
そうして何百年、何千年という時間がつながっていく。
考えてみれば、私たち自身も、知らず知らずのうちに、
昔の人々が残してくれたものの中で暮らしているのでしょう。
普段何気なく使っている言葉も、身近な習慣も、
長い歴史の中で誰かが生み出し、
誰かが守り、誰かが伝えてくれたものなのかもしれません。
そう思うと、遠い昔の人々が、
少し身近に感じられるようになりました。
古代ケルトの文化に関わる伝承を調べていると、
もう一つ、不思議な考え方に出会います。
それは、季節の境目には、
普段は目に見えない世界との境界が曖昧になるというものです。
アイルランドに伝わるサウィンの物語には、
人間の世界とは異なる世界から、不思議な存在が現れる話が登場します。
そして、後のハロウィンの習俗には、
亡くなった人々を思う行事も重なっていきました。
私は、これを知って、ふと日本のお盆を思い出しました。
遠く離れた国々で、なぜ人々は、
亡くなった人が戻ってくるという考えを持つようになったのでしょうか。
そこには、単なる恐ろしさだけでは説明できない、
人間の深い思いが隠されているような気がします。
もう一度会いたい人がいる。もう一度、声を聞きたい人がいる。
たとえ姿が見えなくなっても、忘れたくない人がいる。
そんな気持ちは、
二千年前の人々も、今の私たちも、同じなのかもしれません。
明日は、
古代の人々が信じた不思議な夜の物語に
続く、、、、、、、。