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社長&顧問ブログ

2026.10.17

死者が帰ってくる夜、人々は何を願ったのか

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

誰も座っていない椅子を一つ、食卓に用意する。

そんな不思議な風習が、

昔のアイルランドにはあったそうです。

 

それも、お客様を迎えるためではありません。

すでにこの世を去った、大切な人のために用意する席なのです。

 

ハロウィンの歴史を調べているうちに、私はこの話に出会いました。

 

亡くなった人が帰ってくると信じ、

その人のために席を用意し、食べ物を残しておく。

 

地方によっては、帰ってくる人が入りやすいよう、

家の扉の鍵を掛けずにおくこともあったといいます。

 

何とも不思議な習わしですね。

 

ところが、その様子を想像しているうちに、

私は何だか胸が温かくなってきました。

 

今夜は、あの人が帰ってくるかもしれない。

そう思いながら、いつもより一つ多く食器を並べる。

もう会えないと分かっていても、その人が好きだった食べ物を用意する。

そんな人々の姿が、目に浮かんできたのです。

 

アイルランドに古くから伝わる「サウィン」という季節の行事には、

人間の世界と、普段は目に見えない別の世界との

境界が近づくという伝承があります。

 

古い物語には、

丘の中に住む不思議な存在が、人間の前に姿を現す話なども登場します。

 

そして、長い年月の中で育まれたハロウィンの習俗には、

亡くなった人々が家に戻ってくるという言い伝えも残されていました。

 

ただし、

こうした風習がすべて二千年前から同じ形で続いていたわけではありません。

時代とともに、古い民間伝承やキリスト教の文化など、

さまざまなものが重なり合ってきたのです。

 

それにしても、私は一つ気になることがありました。

亡くなった人が帰ってくる夜と聞けば、

何となく恐ろしい感じがします。

 

実際、昔のアイルランドでは、

この夜には恐ろしい精霊なども現れると信じられていました。

 

夜道を一人で歩くことを避けたり、

家を災いから守るためのおまじないをしたりすることもあったそうです。

 

ところが一方では、

帰ってくる亡き人のために食卓を整える。

 

恐ろしいものは遠ざけたい。

けれど、

大切だった人には帰ってきてほしい。

この二つの気持ちが、同じ夜の中に存在していたのです。

 

私は、ここに人間らしい何かを感じました。

 

人は、知らないものを恐れます。

しかし、

愛した人のことは、姿が見えなくなっても忘れられません。

 

一緒に笑ったこと。何気なく交わした言葉。

時には喧嘩をしたことさえ、

年月が過ぎれば懐かしい思い出になることがあります。

 

そして、不思議なもので、

そうした思い出は、何でもない日常の中で突然よみがえってくるものです。

 

昔よく聞いた歌が流れてきたとき。懐かしい料理の香りがしたとき。

あるいは、何気なく歩いていた道で、

以前一緒に歩いた人のことを思い出したとき。

その人が、ほんの一瞬、

すぐそばにいるような気持ちになることがあります。

 

亡くなった人が本当に帰ってくるのかどうか。

それは、私には分かりません。

けれど、人が誰かを思い出すことで、

その人が心の中によみがえってくることは、確かにあるように思います。

 

考えてみれば、昔のアイルランドの人々も、

同じような気持ちだったのかもしれません。

 

今夜だけは、あの人と一緒に食事をしているつもりで過ごしたい。

そんな思いが、

一つの椅子となり、一皿の料理となって表れたのではないでしょうか。

 

そして、私がもう一つ心を動かされたのは、

そうした風習が長い間、人々の暮らしの中に受け継がれてきたことです。

大切な人を亡くした悲しみは、いつの時代にもあったでしょう。

けれど、人間は悲しみを抱えたまま、

ただ立ち止まっているわけではありません。

 

その人の思い出を語り、懐かしみ、

時には笑顔で振り返りながら、

また日々の暮らしを続けていきます。

 

人を忘れないということは、

その人が生きていた時間を、

自分の人生の中にも大切に残しておくことなのかもしれません。

 

さて、ここまで調べてきて、私はふと、日本のことを考えました。

日本にも、亡くなった人を迎える行事があります。

 

そう、お盆です。

迎え火を焚き、提灯を飾り、ご先祖をお迎えする。

 

遠く離れたアイルランドと日本で、

なぜこれほど似た発想が生まれたのでしょうか?。

もちろん、

二つの行事の歴史も、意味も、まったく同じではありません。

 

それでも、

そこに生きた人々の気持ちには、

どこか通じるものがあるように思えます。

 

店先に並んでいた、おどけた顔のかぼちゃ。

その由来を知りたくて調べていましたが、

思いがけず、人間の心の奥にある大切なものに触れた気がしました。

 

誰も座っていない食卓の椅子。

けれど、

その椅子を用意した人の心には、

確かに誰かが座っていたのでしょう。

 

明日は

その不思議な共通点について

続く、、、、、。

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