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2026.1.3

お屠蘇初日の出

 

高光産業株式会社

妹尾八郎です。

 

正月にお屠蘇を飲み、初日の出を拝むという風習は、

いずれも「一年の始まりを、心身ともに清め、無事と繁栄を願う」

という日本人の価値観が凝縮された習わしです。

 

どちらも何となく毎年行われていますが、その背景をたどると、

中国思想の受容、日本独自の年中行事観、そして自然と共に生きてきた感覚が、

長い時間をかけて重なり合ってきたことが見えてきます。

 

まず、お屠蘇についてです。

お屠蘇は正月に飲む薬酒で、

一般には「無病長寿を願って飲むもの」として知られています。

 

この風習の起源は、日本よりもはるかに古い中国にあります。

中国では古くから、

年の変わり目は疫病や災厄が入り込みやすい不安定な時期と考えられていました。

そのため、

香りの強い生薬を酒に浸し、邪気を払い、体調を整えるという考え方が生まれました。

これが「屠蘇酒」と呼ばれたものです。

「屠」は鬼を屠る、「蘇」は魂をよみがえらせる、あるいは蘇生させる

という意味を持つとされ、

名前自体に厄除けと再生の願いが込められています。

 

この屠蘇酒が日本に伝わったのは、平安時代と考えられています。

遣唐使などを通じて中国の宮廷文化や医学思想が伝来する中で、

正月に屠蘇酒を飲む習慣も、まずは貴族社会に取り入れられました。

 

当初のお屠蘇は、単なる祝い酒ではなく、医学的・呪術的意味合いの強いものでした。

宮中では年の初めにこれを飲み、

国家と個人の安泰を祈る重要な儀礼の一つとして扱われていたのです。

 

やがて時代が下り、室町時代から江戸時代にかけて、

この風習は武家社会、さらに町人へと広がっていきます。

 

江戸時代になると、屠蘇散と呼ばれる生薬の調合が薬屋で売られるようになり、

庶民の家庭でもお屠蘇を用意することが一般的になりました。

この頃には「年少者から年長者へ順に飲む」という作法も定着します。

これは、若い者の生命力を尊び、その勢いが年長者にも及ぶように、

という願いが込められたものとされます。

単なる酒席ではなく、家族の健康と世代のつながりを意識する、

非常に象徴的な儀式だったのです。

 

一方、初日の出を拝む風習も、日本人の自然観と深く結びついています。

初日の出とは、元日の朝に初めて昇る太陽を拝む行為ですが、

その背景には太陽信仰があります。

 

太陽は古来より、命を育む根源であり、再生と希望の象徴でした。

特に日本では、太陽は特別な意味を持ち、

国家の成り立ちや信仰の中心とも深く関わってきました。

 

歴史的に見ると、「初日の出を見に行く」という明確な風習が一般化するのは、

意外にもそれほど古い話ではありません。

 

古代・中世においては、元日の朝は外出して日の出を見るというよりも、

家や宮中で年始の儀礼を行い、神仏に祈ることが重視されていました。

 

ただし、「元日の朝に太陽を拝する」という意識自体は存在しており、

宮中行事や神事の中で、年の初めの太陽は特別な存在として扱われていました。

 

庶民の間で初日の出が意識されるようになるのは、

江戸時代後期から明治以降と考えられています。

 

暦や時刻の観念が整い、

「元日」という一日が全国的に同じ意味を持つようになると、

年の最初の太陽を見ることが「縁起の良い行い」として広まっていきました。

 

明治時代に入ると、西洋式の時間制度や祝祭日の概念が普及し、

正月が「新しい年のスタート」として強く意識されるようになります。

その中で、初日の出は「新年最初の自然のしるし」として、

多くの人が拝む対象になっていきました。

 

ここで注目したいのは、お屠蘇と初日の出に共通する思想です。

 

どちらも「何かをお願いする」というより、

「すでに与えられている命や自然の働きを受け取り、感謝とともに新しい一年を始める」

という姿勢が根底にあります。

お屠蘇は体の内側から一年を整える行為であり、

初日の出は自然の大きな循環の中に自分を置き直す行為と言えるでしょう。

 

現代では、お屠蘇を省略する家庭も増え、初日の出もテレビや写真で見るだけ、

という方も少なくありません。それでも、

これらの風習が今なお語り継がれているのは、

「年の初めに心を整えたい」「区切りを大切にしたい」

という人間の普遍的な願いがそこにあるからです。

形が変わっても、意味が失われていない点に、日本の年中行事の強さがあります。

 

正月は単なる休日ではなく、時間を新たに結び直す特別な節目です。

 

お屠蘇を口に含むことも、初日の出に目を向けることも、

その瞬間に「今年をどう生きるか」を静かに自分に問いかける行為なのかもしれません。

そう考えると、これらの風習は古い習慣であると同時に、

今を生きる私たちにとっても、十分に意味を持ち続けていると言えるでしょう。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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