
EXECUTIVE BLOG
2025.10.1
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
昨日までは アウンサン将軍と30人の志士のはなしでした。
今日は その娘であるアウンサンスー・チーの話しへと進みます、、、。
アウンサン将軍は第二次世界大戦中に日本と協力し、
その後は連合国に転じてビルマの独立運動を進めた人物で、
独立の父と呼ばれています。
1947年に暗殺されてしまいましたが、その志は国民の心に深く刻まれ、
今も尊敬の念を集めています。
その娘であるアウンサンスー・チーさんは父の遺志を継ぐ形で民主化運動の象徴となり、1988年の民主化運動をきっかけに国民民主連盟(NLD)の指導者として台頭しました。
彼女はイギリスのオックスフォード大学で学び、英国人学者マイケル・アリス氏と結婚し、二人の息子をもうけています。
しかしここにミャンマー憲法上の大きな壁があります。
2008年に軍事政権が制定した憲法には
「配偶者や子どもが外国籍を持つ者は大統領になれない」という規定がありました。
これはまさにスー・チーさんを排除するために設けられたとされ、
彼女が大統領になることを阻む要因となりました。
そして息子たちも英国籍であるため、大統領の資格を持ちません。
こうした背景から彼女は2015年の選挙でNLDが圧勝した際に
「国家顧問」という役職を新たに作り、
実質的に国の最高指導者として国政を担いました。
スー・チーさんが目指したのは、
軍との正面衝突ではなく対話を重視し、緩やかに民主化を進める道でした。
長年にわたる自宅軟禁を耐え抜いた姿は国民の希望の象徴となり、
国際社会からも強い支持を受けました。
政権下では外国との関係改善や経済改革が進められ、観光や投資が増加しましたが、
一方で軍の影響力は憲法によって残され、
国防・治安・内務の三省は依然として軍が握り続ける構造が固定化されていました。
さらに2017年のロヒンギャ問題では国際社会から厳しい批判を受け、
人権の象徴としての評価が揺らぎましたが、
それでも彼女は平和的に国を前進させようと努力していました。
2021年2月、軍が再びクーデターを起こし、スー・チーさんとNLD幹部は拘束され、
民主化の歩みは逆戻りしました。彼女は現在も裁判や収監に直面しており、
政治活動から遠ざけられています。
この状況の中で、彼女の息子たちは国外に暮らしています。
長男アレクサンダーさんは英国で生活しており、
国際社会に向けて母の解放を訴える活動を行っています。
次男キムさんもイギリスに拠点を置き、メディアを通じて母の人権状況を発信しています。
二人とも母を支える存在でありながら、
ミャンマー国籍を持たないために直接的に政治参加することはできません。
彼らは母の象徴的な存在を守り、国際世論を喚起する役割を担っていますが、
軍事政権下のミャンマーで影響力を及ぼすことは難しいのが現実です。
国際情勢の面では、ミャンマーの軍政に対して欧米諸国は強い制裁を科しています。
アメリカやEUは軍関係者の資産凍結や経済制限を続けており、
国際社会からの孤立は深まっています。
しかし一方で、中国やロシアは軍政を支持または黙認し、
武器供与や経済協力を続けています。
中国にとってミャンマーは戦略的に重要な位置にあり、
インド洋へ通じるルートとしても価値が高いため、軍政を切り捨てることはありません。
このため国際社会の圧力は一枚岩ではなく、
軍事政権の存続を可能にしているのが現実です。
東南アジア諸国連合(ASEAN)も関与を試みていますが、
加盟国間で立場が割れており、実効的な行動には至っていません。
国内では軍政に抗う市民の抵抗運動が続き、
若者や民族武装勢力が軍に対抗する形で各地で衝突が起きています。
経済は停滞し、国民生活は困窮し、海外への避難者も増えています。
こうした苦境の中でも、
スー・チーさんの理念を受け継いだ若い世代が台頭し始めており、
彼女が象徴した民主化の志は消えていません。
今後ミャンマーがどうなっていくかは不透明ですが、
短期的には軍政が強権を維持する可能性が高いです。
しかし長期的には経済破綻や国民の不満が積み重なり、軍政が揺らぐ可能性もあります。
国際社会が市民を支援し、国内の民主勢力が結束すれば、
いつの日か新たなリーダーが現れるでしょう。
その時、アウンサン将軍が掲げた独立と自由の理想、
そしてスー・チーさんが命をかけて守ろうとした民主化の道が再び歩まれるはずです。
彼女の息子たちは直接ミャンマーの政治に関わることはできませんが、
国外から支援の声を上げ続けることで母の闘いを世界に伝えています。
父と娘が示した大きな理想は今も国民の中で生き続けており、
それを引き継ぐ力がやがて国を変える原動力になるのだと思います。
しかし 何故軍部は????
の話は
明日へ続く、、、、。