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社長&顧問ブログ

2024.4.30

アームストロング砲

 

高光産業株式会社 妹尾八郎です

 

昨日からの続きです。

 

昨日までは フェートン号事件は ナポレオン戦争に起因すると言う話でした

 

そして フランスとイギリスの戦いが 何故当時鎖国をしていた日本にも

影響するのか??? と言う流れを知ると

歴史というのは 本当に面白いと思います。

 

面白いと思うのは我々後世の人間であって 当時の人達からすれば

大変な思いをしていたと思います。

 

当時の長崎奉行の 松平康英は この時の責任を取って切腹する事になるのですから

面白いと言うのは あまりに失礼な事だと思います。

 

更にこの事件の時、長崎警衛当番であった佐賀藩が太平に慣れ経費削減のため守備兵を無断で減らしており、

長崎には本来の駐在兵力の10分の1ほどのわずか100名程度しか在番していないことが判明したのです。

長崎奉行の松平康英は、国威を辱めたとして自ら切腹しましたが

勝手に兵力を減らしていた鍋島藩家老等数人も責任を取って切腹しました。

さらに幕府は、鍋島藩が長崎警備の任を怠っていたとして、

11月には藩主鍋島斉直に100日の閉門を命じているのです。

 

この屈辱を味わった鍋島藩は次代鍋島直正の下で近代化に尽力し、

明治維新の際に大きな力を持つに至ったのですから、

 

流れだけを見ると ナポレオン戦争のせいで フェートン号事件が起き

その責任を取らされた 鍋島藩が近代化に尽力して武力を充実させ

 

先日書いた 彰義隊が立て籠もった 上野戦争においては

佐賀の鍋島藩の アームストロング大砲の威力をもって 一日で 旧幕府軍を

撃退してしまい

 

その後 長州藩の会津攻め 薩摩藩の 山形庄内藩攻めと続くのですから

何度も言う様に 当時方に申し訳ない事ですが

 

歴史の流れと言うのは

誰かが脚本を書いているのではと思ってしまいます。

 

そして この時活躍した秋帆の名前が 東京のあのエリアの名前の元になるというのですから、、、、

 

そこにお住まいの方で どのくらいのかたが この流れを御存じなのかと思ってしまいます。

 

このフェートン号事件になんで興味を持ったかと言いますと

 

実は

私が この事件に関係する方のお墓の近くに住んでいたことに起因します。

 

いったい 私はどこで この墓を見つけたのか????

 

の話は

 

明日へ続く、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

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