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社長&顧問ブログ

2024.1.17

オランダ商人が

高光産業株式会社 妹尾八郎です

 

昨日からの続きです。

 

昨日までは おもてなしの話から 茶道の話になり そこから お茶の話になりました。

日本では 古くからお茶を嗜んでいましたが

ヨーロッパ人が お茶を飲みだしたのは 17世紀に入ってからのようです。

 

イギリス人が 紅茶を好む事は有名ですが それも ヨーロッパにお茶が入ってからの

事です。

それもまだほんのわずかに限られた人たちでした。

 

日本ではすでに千利休が茶道を開き、茶事が盛んになっていました。

 

茶は単なる飲みものではなく、心や礼儀、そして民族の文化を育んでいました。

 

そしてヨーロッパ人が持ち帰った茶の情報は、

そのまま東洋の文化の象徴として広まっていきました。

 

情報は伝わるにつれて何十倍にも誇張され、想像を掻き立てられたのです。

この崇高な茶と新たな富を求め、以後続々と東洋に進出していくことになるのです。

 

ヨーロッパ人が茶について関心を深めるようになったのは、17世紀に入ってからの事です。

 

最初に手を付けたのは、ポルトガル・オランダの商人たちでした。

航海術に優れた彼らはインド、マレー半島を経由して中国、日本にまで進出します。

 

そしてヨーロッパ人として初めて日本の地を踏んだのはポルトガル人でしたね、

 

ポルトガル人は1557年に中国のマカオに交易基地を設け、日本との交易も開始します。

しかし交易の中心は、東洋の香辛料や珍しい財宝で、

彼らは茶には興味を示さず、買い付けることはなかったようです。

 

 

実際に茶を買い付け、普及させたのは実は、後続のオランダ人だったのです

 

オランダ東インド会社はマカオから中国茶、九州の平戸から日本茶を本国に持ち帰ることに成功して

1610年にヨーロッパに初めて「日本茶」が上陸したと言う事になります。

 

そして持ち囲まれた、茶は貴族や裕福な階級の人々の間で人気を呼ぶことになったのです。

特に日本から伝わった抹茶の飲み方や茶道は、珍しいものとして紹介されました。

 

客が来た時には自らの地位を示すために茶を振る舞う、

というのが貴族のステータスとなっていたのです。

 

その後茶の人気が広まったオランダは1690年、ジャワ島に茶園を開き

これによって茶を本国に持ち込むようになりました。

 

その結果、庶民の間でも茶が広まり、ヨーロッパで最初の「茶が広く飲まれる国」となったのです。

 

と言う事で イギリスより先に オランダ人がお茶を嗜んだことになりますね、、、。

 

それが いつの間にか 紅茶はイギリス人が飲むものだとの印象は

何処からうまれたのでしょうか???

 

の 話の前に

 

何故日本に最初にきたのがポルトガル人だったのか???

とか

 

茶道があるなら あれもあるのか??????

 

の話は、、、

 

明日に続く、、、。

 

 

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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