
EXECUTIVE BLOG
2025.12.25
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
本日もクリスマスの続きです、、
クリスマスは一般に「イエス・キリストの誕生日」と思われがちですが、
実は聖書の中には、
イエスが何月何日に生まれたのかという具体的な日付は記されていません。
12月25日は、正確な誕生日というよりも、
「その誕生を記念し、祝う日」として後世に定められたものなのです。
では、なぜこの日が選ばれたのでしょうか。
そこには、古代の人々が抱いていた“光への願い”が深く関わっています。
古代ローマでは、冬至の時期に「不滅の太陽の誕生」を祝う祭りが行われていました。
冬至は一年で最も昼が短く、夜が長い日ですが、
その日を境に少しずつ日照時間が伸びていきます。
暗闇が極まったその先に、再び光が戻ってくる。
この自然の変化は、古代の人々にとって大きな希望の象徴でした。
キリスト教において、イエスは「世を照らす光」と呼ばれます。
暗闇の中に現れ、人々に希望をもたらす存在としてのイエスの誕生を祝う日として、
冬至の頃ほどふさわしい時期はないと考えられ、
やがて12月25日が定着していったのです。
イエスの誕生の物語は、ガリラヤ地方の小さな村ナザレから始まります。
若い女性マリアのもとに天使が現れ、新しい命を授かることが告げられました。
突然の知らせに戸惑いながらも、マリアはそれを受け止めます。
婚約者のヨセフもまた、深い葛藤の末に彼女を支える決意をしました。
この二人の静かな覚悟が、物語の出発点となります。
当時のローマ帝国による人口調査の命令により、
二人は身重の体でベツレヘムへ向かいます。
しかし町は人で溢れ、宿はどこも満室でした。
ようやく身を寄せることができたのは、家畜小屋でした。
そこでイエスは生まれ、布に包まれ、飼い葉おけに寝かされます。
華やかさとは程遠い、最も質素な場所から始まったこの誕生は、
後に語られる
「弱い立場にある人々に寄り添う生き方」を象徴しているようにも見えます。
この誕生を最初に知らされたのは、夜の野原で羊の番をしていた羊飼いたちでした。
当時、決して恵まれた立場ではなかった彼らのもとに、
天使が現れ、救い主の誕生を告げたと伝えられています。
彼らは急いでベツレヘムへ向かい、幼子イエスと出会い、
その出来事を人々に伝えました。
さらに遠い東の国から、星を頼りに旅をしてきた博士たちも、
この幼子のもとを訪れました。
彼らは黄金、乳香、没薬という贈り物を捧げます。
身分も立場も異なる人々が、同じ幼子の前に集ったという物語は、
この誕生が特定の人のためだけではなく、
すべての人に開かれた希望であることを示しているようです。
イエスは成長し、三十代になってから人々の前で教えを説き、
病や苦しみを抱えた人々に寄り添いました。
しかし、その生き方はやがて大きな対立を生み、
十字架にかけられるという結末を迎えます。
それでも、死の後に復活したという弟子たちの証言が、
イエスを「死を超える希望」の象徴として人々の心に刻み続けることになりました。
「キリスト」という言葉は名前ではなく、「救い主」という意味を持つ称号です。
イエス・キリストという呼び名には、
「この人こそが希望そのものである」という信仰の告白が込められています。
現代のクリスマスは、華やかな飾りや贈り物、楽しい食卓とともにありますが、
その根底には、
「どんなに暗い時代にも、必ず光は訪れる」という静かなメッセージがあります。
宿屋にも入れず、名もない場所で始まった一つの命の物語が、
二千年を超えて語り継がれているのは、
その希望が今も私たちに必要とされているからなのでしょう。
このクリスマスの朝、きらめく街の向こうにある、そんな静かで温かな誕生の物語に、
ほんのひととき思いを向けてみてはいかがでしょうか。
小さな光がやがて大きな希望となったように、
今日という一日が、穏やかで心あたたまる時間となりますように。
メリークリスマス。