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社長&顧問ブログ

2026.3.11

シーア派スンニ派

高光産業株式会社

妹尾八郎です。

 

昨日までは 日本の文化はペルシャから伝わったと言う話でした。

 

イスラム教の世界には大きく分けて二つの宗派があります。

それがシーア派とスンニ派です。

 

ニュースなどでもよくこの言葉を耳にしますが、

そもそもなぜ同じイスラム教の中に派が生まれたのか、

不思議に思う人も多いと思います。

 

実はこの違いは宗教の教えの違いから生まれたというより、

もともとは「誰がイスラム教の指導者になるのか」

という政治的な問題から始まったものです。

 

イスラム教は7世紀にアラビア半島で預言者ムハンマドによって生まれました。

ムハンマドは神の言葉を人々に伝える宗教指導者であると同時に、

国家をまとめる政治の指導者でもありました。

 

イスラム教徒はムハンマドの教えを中心に一つの共同体を作り、

急速に勢力を広げていきました。

 

しかし西暦632年にムハンマドが亡くなると、

大きな問題が起きました。

 

それは次の指導者を誰にするのかという問題です。

ムハンマドは明確な後継者を決めていませんでした。

そのためイスラム教徒の中で意見が分かれることになりました。

 

一つの考え方は、

イスラム教の共同体の中で信頼されている優秀な人物を選べばよいという考えでした。

 

この考えに基づいて選ばれたのがムハンマドの側近であり

長年の友人であったアブー・バクルという人物です。

 

彼は最初のカリフと呼ばれる指導者となりました。

この考え方を支持した人たちがスンニ派と呼ばれる人たちです。

 

スンニ派という言葉は「慣習」や「正統な道」という意味の言葉から来ています。

スンニ派の考えでは、

指導者は血統ではなく能力や人望によって選ばれるべきだとされています。

 

現在世界のイスラム教徒の大多数はこのスンニ派で、

全体の約八五%から九〇%を占めています。

 

一方で別の考え方をする人たちもいました。

その人たちは、

イスラム教の指導者はムハンマドの血族でなければならないと考えました。

 

彼らが支持したのはムハンマドの従兄弟であり、

娘婿でもあったアリーという人物です。

 

アリーはムハンマドにとても近い存在であり、

信仰も深く、勇敢な人物として知られていました。

 

このアリーこそが本来の後継者であると考えた人たちがシーア派です。

 

シーアという言葉は「アリーの党派」という意味を持っています。

シーア派の考えでは、ムハンマドの血統を引く聖なる指導者が人々を導くべきであり、

その指導者は特別な霊的権威を持つとされています。

 

シーア派ではこの指導者をイマームと呼びます。

こうしてイスラム教の中に二つの流れが生まれましたが、

最初のうちは完全に対立していたわけではありません。

 

しかし時間が経つにつれて対立は深まっていきます。

その決定的な出来事が西暦六八〇年に起きたカルバラーの戦いです。

この戦いではムハンマドの孫でありシーア派の中心的存在であったフサインが、

当時のスンニ派政権の軍によって殺されてしまいました。

 

フサインはわずかな仲間と共に戦いましたが、

圧倒的な軍勢に囲まれて命を落としました。

 

この出来事はシーア派にとって非常に重要な意味を持つものとなりました。

シーア派の人々はフサインを正義のために殉教した聖なる人物として尊敬しています。

 

現在でも毎年アーシューラーという日に、この出来事を悼む儀式が行われます。

特にイランやイラクでは多くの人が街を行進しながらフサインの殉教を思い起こします。

 

こうしてシーア派とスンニ派の違いは単なる政治問題ではなく、

歴史や信仰の深い部分に関わるものとなっていきました。

 

現在の世界を見ると、イスラム教徒の多くはスンニ派ですが、

イランは例外的にシーア派が多数を占める国です。

 

イランがシーア派の国になった理由は十六世紀のサファヴィー朝という王朝にあります。

この王朝は国の宗教をシーア派にすると決め、国民にもシーア派を広めていきました。

その結果、イランは現在でも世界最大のシーア派国家となっています。

 

シーア派はイランのほかにも

イラク南部やアゼルバイジャン、バーレーンなどに多く住んでいます。

一方でサウジアラビアやトルコなどの多くの国はスンニ派が中心です。

 

現代の中東政治では、この宗派の違いが国家関係にも影響を与えています。

例えばシーア派の中心国であるイランと、

スンニ派の中心国であるサウジアラビアは長く対立関係にあります。

 

ただしイスラム教はこの二つの派だけで出来ているわけではありません。

 

スンニ派の中にも法学の違いによっていくつかの学派があり、

ハナフィー派、シャーフィイー派、マーリク派、ハンバル派などがあります。

 

またシーア派の中にも

十二イマーム派、イスマーイール派、ザイド派などの違いがあります。

 

さらにイスラム教の神秘主義的な流れとしてスーフィーという伝統も存在します。

 

このようにイスラム教の世界は一つの宗派だけで出来ているわけではなく、

長い歴史の中でさまざまな考え方が生まれてきました。

 

しかしその出発点をたどると、

すべては預言者ムハンマドが亡くなったあとに起きた後継者問題に行き着きます。

 

つまりシーア派とスンニ派の違いは、もともとは教義の違いではなく、

誰がイスラム教の正しい指導者なのかという問いから生まれたものなのです。

 

そしてその出来事から一四〇〇年以上たった今でも、

その歴史の影響は世界の政治や社会の中に残り続けているのです。

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