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2025.3.23
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
昨日までは三大宗教の教祖の話しでした。
今日は 又キリスト教の話に戻ります。
聖書の中に沢山の使徒の話しが出てきますが 色々いて区別が付き難いですよね
その中でも ペテロとパウロは名前も似てますし 違いが分かり難いと思います
今日は 彼等の話に進みます、、、。
キリスト教において重要な使徒であるペテロとパウロは、
それぞれ異なる使命と働きを果たしました。
どちらも初期キリスト教の発展において欠かせない存在でしたが、
その役割や影響は大きく異なるのです。
今日は、ペテロとパウロの違い、彼らの働き、
そしてペテロがバチカンの下に眠る理由についての話になります。
ペテロは、イエス・キリストの十二使徒の筆頭として知られる人物です。
彼はガリラヤの漁師であり、兄弟アンデレと共にイエスの弟子となりました。
イエスは彼を「ケファ」と名付け、彼の信仰を礎として教会を築くと宣言しました。
このことから、ペテロは「使徒の中のリーダー」としての役割を担うようになります。
一方の
パウロは、元々はキリスト教徒を迫害していたユダヤ教のファリサイ派に属する人物でした。しかし、ダマスコへの途上で復活したキリストと出会い、劇的な回心を遂げるのです。
その後、彼は異邦人への宣教に尽力し、多くの教会を設立する事になるのです。
ペテロは、主にユダヤ人に向けて福音を宣べ伝え、
エルサレム教会の中心的な指導者として活動し、
イエスの復活後、ペンテコステの日に聖霊を受け、ユダヤ人たちに説教し、
多くの回心者を生みました。
エルサレム教会で指導的立場を持ち、
信徒たちの問題解決や異邦人受け入れの可否を議論する中で重要な発言をしていたのです。
最終的にはローマで逮捕され、ネロ皇帝の迫害下で逆さ十字架にかけられて殉教したと伝えられています。
パウロは、異邦人への宣教を主な使命とし、広範囲にわたる伝道旅行を行いました。
ユダヤ人だけでなく、ギリシャ人やローマ人にも福音を伝え、教会を設立しました。
キリスト教の神学を深めるため、多くの手紙を書き残しました。
特に「信仰による義認」の教えは、後のキリスト教神学の基礎となりました。
彼もまたローマで殉教したと伝えられ、斬首されたとされています。
ペテロの遺骸がバチカン(サン・ピエトロ大聖堂)の地下にあるとされるのには
歴史的背景があります。
ペテロはローマでネロ皇帝の迫害を受け、紀元64〜67年ごろに殉教したとされています。彼の遺体は、当時ネロの競技場があったヴァチカンの丘に埋葬されました。
コンスタンティヌス帝(4世紀)が彼の墓の上に最初のサン・ピエトロ聖堂を建設し、
それが現在のバチカンの中心地となっているのです。
ペテロとパウロは、初期キリスト教において異なる使命を果たしました。
ペテロは十二使徒のリーダーとしてユダヤ人への伝道と教会の指導に努め、
パウロは異邦人への宣教に尽力しました。
そして
ペテロがバチカンの下に眠るのは、彼がローマで殉教し、
その地がキリスト教にとって特別な意味を持つようになったためだと言う事です。
こうした二人の働きが、今日のキリスト教の基盤を築いたことは間違いありませんね
と言う事で 二人の使徒についての話しでした
明日は ペテロが眠るバチカンの話に進むのか??
明日へ続く。