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社長&顧問ブログ

2020.10.3

モスクワに残った男

高光産業株式会社 妹尾八郎です

 

 

昨日からの続きです

 

なかなか ITへの道へ戻れず 歴史の流れの話になってますが

自分でも書いているうちに それぞれの人生がお互いの為になっているのだと

いう事に改めて気づかせていただきました。

 

今 この瞬間の私たちの行動が もしかしたら百年後に世界の役に立っているのかも

しれませんから

日々の活動はすべてに意味がるのだと言うことを認識しながら生活したいと思います。

 

きっと 今 平気で使っているインターネットも奇跡的な出会い出来事の

連続でここまで来たのでしょうね

 

もし ジョブスがあと50年早く生まれていたら こんなになっていなかったもしれませんし

あるいは もっと進化してきたのかもしれません

 

それを知るのは神のみなのか? と思ってしまいます

 

今回の ペリー来航からの話を元に 色々紐解いていくと

あの時 あの人が居なかったら あの嵐が無かったら あの人との出会いが無かったら

と考えながら紐解いていくと 歴史の流れは本当に面白いと感じてしまうのです

 

これを 中学時代に先生から教わっていたら もっとまじめに勉強していたのでは

と思ってしまいます  が

しかし それも 歴史の一ページであって 詰め込み教育だったからこそ

今があるのかもしれないのですね。

 

と言うわけで 話は 又過去に遡り

昨日の話の中でも 興味をひいたのは エカテリーナ二世と言う女性は 数百人もの愛人がいたと言う事でした。

一体毎日どんな生活をしていたのかと思ってしまいますね 今ならネットで叩かれ

失脚して そうなると 光太夫との出会いも無かったとかに なるのでしょうね

 

その 光太夫の部下が ロシアに残ると言い出したことが 先日からの続きとなるのですが、

彼はあれほど日本に帰りたがっていたのにも関わらず ロシアで美女と出会う事で

あっさりと 長年抱いていた帰国を捨てて この女性との愛を貫くのです。

 

そして 自ら当時日本では異教徒として処罰されてしまう キリスト教に帰依するのです。

 

またまた 話は 戻りまして 思い出して欲しいのが 桂川甫周が林子平の

三国通覧図説を持ち出した話ですが 彼が蘭学者という事もあり 出島まで学びに行った際に その本の一冊をオランダ商人へ渡すのです。

商人は 土産モノ感覚でオランダへ持ち帰ったのでしょうが オランダでそれを見た人は 

中身は日本語ですのでチンプンカンプンなのです。

当然その本は 学者の手に渡るのですが 何が書いてあるか皆目見当がつきません

そこで 日本語が分かる人間が居ないかと探してみたのです

しかし ヨーロッパにそんな人間がいるはずもないのですが

そこに 居たのです!

どこに???

モスクワに!

 

そうです ロシアの女性を愛してロシアに残った 光太夫の仲間の男です。

彼は キリスト教徒になっていたおかげで 教会の情報ルートを

通じて日本人が居ると言う情報が拡散されていたのだと思います。

 

その情報を頼りに 学者は 彼の元を訪ねて この本の翻訳に取り組むのです

 

同じような話は 解体新書を訳した 杉田玄白の話を思い出してください

彼は 完全に独学で オランダ語を日本語に訳したのですから その努力は

すさまじいものだったと思います。

 

ちなみに 杉田玄白のお墓は 東京都港区虎ノ門3-10-10(栄関院内)にあります。

 

私が東京にでて 営業をしている時にこのお墓を偶然見つけました。

 

彼は 解体新書を日本語に訳すのに数年かかったみたいです。

 

しかし 今回の話は

ラッキーな事に モスクワに日本人がいたので

比較的早く 訳することができたと思います。

 

それを 学者は 当時の世界の公用語であったフランス語に訳することになったのです。

 

このような 機会を経て

林子平が書いて 日本では焼却処分された 三国通覧図説が 世界的な本となることになったのです。

 

色々な人の運命が持たした結果です

 

さあ 

それで どうなったのか??

 

 

それは

 

また 明日に続く、、、。

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