EXECUTIVE BLOG

社長&顧問ブログ

2026.9.26

二人の文豪が

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

昨日までは、

根津神社に移築された「舞姫の家」をきっかけに、

森鴎外について調べてきました。

 

最初は、

「なぜ、ここにこんな古い家があるのだろう」

という、ほんの小さな疑問でした。

 

ところが、その疑問を追いかけていくと、

『舞姫』につながり、ドイツ留学につながり、

さらには鴎外を追うように日本へやって来た

一人のドイツ人女性の話にまでつながっていきました。

 

そして、

鴎外についてさらに調べているうちに、

また一つ驚くことを知る事になりました、、、。

 

森鴎外が暮らしていた家の一つに、

後になって、もう一人の大文豪が住んでいたというのです!!。

 

その人物が、夏目漱石なのです。

 

森鴎外。夏目漱石。

日本文学にそれほど詳しくない人でも、

この二人の名前は知っていると思います。

 

ところが私は、

二人が同じ東京の町で暮らし、

しかも時を隔てて同じ家に住んでいたことまでは知りませんでした。

 

その家があったのが、現在の文京区向丘、

千駄木にもほど近い場所です。

 

鴎外は明治23年、1890年、この家へ移り住みました。

そして、この家を「千朶山房」と呼びました。

 

その後、鴎外は千駄木の「観潮楼」へ移ります。

 

それから十数年。明治36年、1903年。

「千朶山房」に、一人の英文学者が家族とともに引っ越してきます。

それが夏目金之助、後の、夏目漱石です。

 

この時、まだ「大文豪・夏目漱石」ではなかったのです、、、。

 

ここが私は面白いと思いました。

今の私たちは「夏目漱石」と聞けば、

最初から偉大な作家だったように思ってしまいます。

 

しかし、当然ながらそうではありません。

この家へ引っ越してきた頃の漱石は、英文学を教える教師でした。

 

イギリス留学から帰国し、東京帝国大学などで教えていました。

そして、まだ小説家として広く知られていたわけではありませんでした。

 

つまり、この家に入った時の漱石は、

 

まだ「文豪・夏目漱石」になる前の夏目金之助だったのです。

 

歴史上の人物を見る時、私たちは完成した姿だけを見てしまいます。

成功した人。有名になった人。偉業を残した人。

 

しかし、その人にも当然、

何者でもなかった時代があります。迷っていた時代があります。

自分が将来どうなるのか分からなかった日があります。

 

夏目漱石にも、そんな時間があったのですね、、。

 

そんな漱石が住んでた家に、一匹の猫が迷い込んできます。

名前のない猫でした。

家に住み着いたその猫を見ながら、漱石は一つの作品を書きます。

 

その書き出しは、あまりにも有名です。

「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」

 

明治38年、1905年。『吾輩は猫である』が発表されます。

 

最初から長編小説を書くつもりだったわけではありません。

雑誌『ホトトギス』に発表された作品が評判となり、

続編を求められ、やがて長い作品になっていきました。

 

そして、この作品をきっかけに、

「英文学者・夏目金之助」は、

「小説家・夏目漱石」へと大きく歩み出していきます。

 

考えてみれば不思議です。

もし、あの猫が家に迷い込んでこなかったら。

もし、漱石が猫を主人公にして文章を書こうと思わなかったら。

日本文学の歴史は、少し違ったものになっていたかもしれません。

 

人生を変えるものは、案外小さな出来事なのかもしれない

 

私はこの話を知って、京都で聞いたお寺の鐘を思い出しました。

そして、根津神社の「舞姫の家」を初めて気に留めた朝を思い出しました。

 

人生を大きく変える出来事というと、私たちは何か特別なものを想像します。

大きな決断。大きな出会い。大きな成功。

 

しかし、実際にはそうではないのかもしれません。

 

漱石の場合は、一匹の名前もない猫でした。

ただ家に入ってきた一匹の猫。それを面白いと思った。

そこから物語が生まれた。

そして、

その物語が一人の英文学者の人生を変えていった。

 

大切なのは、出来事の大きさではなく、

その出来事をどう受け取るかなのかもしれません。

 

鴎外が暮らした家で、漱石の代表作が生まれた

 

そして、もう一つ心に残ることがあります。

『吾輩は猫である』が生まれたその家に、

かつて森鴎外が暮らしていたということです。

 

鴎外が暮らした時代と、漱石が暮らした時代は違います。

二人が同時にそこに住んだわけではありません。

 

それでも、

一つの家を通して、日本文学を代表する二人の人生がつながっています。

私はそこに、何とも言えない不思議な縁を感じます。

 

家というものは、ただ雨や風を防ぐための箱ではないのでしょう。

そこで人が笑う。悩む。考える。誰かを思う。そして、何かを生み出す。

人が去った後も、次の人がそこで新しい人生を始める。

 

そうやって場所には、

目には見えない時間が積み重なっていくのだと思います。

 

この話を知ってから、私は谷根千の町を見る目が少し変わりました。

 

昨日まで何気なく通っていた道が、「鴎外もこの辺りを歩いたのだろうか」

と思うと違って見えます。

 

少し先へ行けば、「漱石もこの町を歩いていたのだろうか」

と思います。

 

今、私たちが普通に歩いている道を、百年以上前にも誰かが歩いていた。

その人も、

その時には自分が後世の教科書に載るとは思っていなかったかもしれません。

 

悩みながら歩いていた日もあったでしょう。

失敗して落ち込んだ朝もあったでしょう。

明日のことを心配した夜もあったでしょう。

 

それでも一日一日を生きた。

その積み重ねが、後になって「人生」と呼ばれるものになったのです。

 

人生は、後から振り返って初めて分かる

私たちは、自分の人生の途中にいます。

 

だから、

今日起きたことに、どんな意味があるのか。

今日出会った人が、将来どんな存在になるのか。

今日ふと思いついたことが、何につながっていくのか。

 

今は分かりません。

 

漱石も、家に入ってきた一匹の猫を見た瞬間、

「この猫が自分を日本を代表する作家へ導いてくれる」

などとは思わなかったでしょう。

 

人生というものは、

その時には意味の分からない出来事が、

何年もたってから一本の線につながることがあります。

 

だからこそ、

何気ない一日を、

何気ないまま終わらせないこと。

目の前に起きたことに少し関心を持つ。

面白いと思ったら、もう一歩近づいてみる。

「なぜだろう」と思ったら調べてみる。

 

そこから、

自分でも想像していなかった道が開くことがあるのではないでしょうか。

 

 

最初は、一軒の古い家が気になっただけでした。

その小さな好奇心が、

百年以上前の人たちの人生へ私を連れて行ってくれました。

 

そして、

夏目漱石と一匹の猫の話を知って、改めて思います。

人生を変えるきっかけは、

案外、私たちのすぐそばにあるのかもしれない。

 

問題は、

それが大きいか小さいかではありません。

そこに気づくか。面白いと思うか。

そして、一歩踏み出してみるか。

 

一匹の名もない猫が、夏目金之助を「夏目漱石」へと導いたように。

 

私たちの今日という一日の中にも、

まだ気づいていない「何か」が、静かに待っているのかもしれません。

 

さて、鴎外、漱石と調べていくうちに、

私は次の疑問を持つようになりました。

 

なぜ、この根津・千駄木・谷中という地域には?????

の話しは

明日に続く、、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/