
EXECUTIVE BLOG
2025.12.18
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
昨日までは 伊勢神宮 月次祭の話しでした。
今日は 伊勢神宮の柏手についての話に進みます。
伊勢神宮の祭事を拝見した際、
柏手が八回打たれていたことに気づかれた方が居るかもしれません。
一般の参拝では二拝二拍手一拝が基本とされていますが、
伊勢神宮の正式な祭事では、八回柏手を打つ所作が行われることがあります。
これは「八拍手(やひらで)」と呼ばれる古式の作法であり、
私たち一般参拝者が日常的に行う拍手とは、意味も役割も大きく異なっています。
柏手とは、単なる形式的な動作ではなく、音を立てることで場を清め、
自らの存在を神様にお知らせし、神意を迎えるための大切な行為とされてきました。
二回の柏手には、神と人、天と地、陰と陽といった相対するものを調和させ、
心を一つに整えるという意味が込められています。
しかし、祭事における八拍手は、そうした個人の祈りの次元をはるかに超えた、
より大きな世界を対象とした所作なのです。
日本の古代思想において「八」という数は特別な意味を持ち、
八百万の神、八方、八雲などに象徴されるように、数え尽くせないほど多くのもの、
すべてを包み込む世界全体を表す聖なる数とされてきました。
そのため八回の柏手は、
天地四方八方、自然、国、人々、命あるものすべてを代表して神様をお迎えし、
神威が余すところなく行き渡るよう祈る意味を持っています。
伊勢神宮の御祭神である天照大御神は、個人の願い事を叶える存在というよりも、
この国と人々、自然の循環そのものを照らし守る根源的な神様として祀られてきました。
だからこそ伊勢神宮の祭事では、個人的な欲や願いは慎まれ、
国家の安寧、民の暮らしの安定、五穀豊穣、自然の恵みが
滞りなく続くことが祈られてきたのです。
八拍手は、その祈りの重さと広がりを、
言葉ではなく所作として表したものだと言えるでしょう。
また伊勢神宮では、すべての神事で必ず柏手が打たれるわけではありません。
神職が音を立てず、ただ深く拝するのみの作法が取られることもあります。
これは、神様との距離や儀式の性格、奉仕する立場によって厳密に使い分けられており、
静寂そのものをもって神威に向き合うという、
伊勢神宮ならではの考え方が今も大切に守られています。
その中で八拍手が用いられる場面は、神を強く迎え、場を整え、
天地と人とを結び直す重要な節目の祭事であると言えます。
一般参拝での二拍手は、人が神様に向かって心を整え、
感謝や願いを捧げるための作法ですが、祭事における八拍手は、神様を迎え、
神様と共にこの国と世界を守り支えていくという、公的で根源的な祈りの表現です。
私たちはつい、参拝を個人的な願掛けの場として捉えがちですが、
伊勢神宮の祭事における八拍手を知ることで、
祈りとは本来、自分一人のためのものではなく、
社会や自然、未来へとつながる大きな営みであることに気づかされます。
あなたが目にされた八回の柏手は、
伊勢神宮が単なる観光地や形式的な宗教施設ではなく、
今もなお古代から続く国家と民の祈りの中心であり続けていることを、
静かに、しかし確かに伝えてくれる象徴的な光景だったのです。