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2026.2.23

古事記は経典か?

高光産業株式会社

妹尾八郎です。

 

昨日までは 天照大神の話しから古事記に関する話などでした。

 

ここで 興味が湧くのは 古事記は キリスト教やイスラム教における

経典なのか??

についての話に進みます、、、。

 

キリスト教やイスラム教には、はっきりとした「教祖」と「経典」があります。キリスト教であれば教祖はイエス・キリスト、経典は聖書。イスラム教であれば教祖はムハンマド、経典はクルアーンです。信仰の中心に立つ人物がいて、その人物の言行や神からの啓示が書物としてまとめられ、それが信仰の絶対的基準になります。信じるべき内容、守るべき戒律、世界観や救いの道筋が、体系的に示されています。

 

では、日本の神道はどうでしょうか。神道には、特定の教祖がいません。開祖がいて、その人の教えが絶対である、という構造ではありません。また、聖書やクルアーンのような「唯一無二の経典」も存在しません。では、神道は何を拠り所にしているのでしょうか。

 

ここでよく挙げられるのが『古事記』と『日本書紀』です。特に712年に成立した『古事記』は、日本最古の歴史書とされ、天地開闢から神々の物語、そして神武天皇へと続く系譜が記されています。たとえば天照大神やニニギノミコトの物語は、ここに記されています。では、この『古事記』は神道の「経典」と言えるのでしょうか。

 

結論から言えば、『古事記』は

キリスト教の聖書やイスラム教のコーランのような意味での

「経典」とは性格が異なります。

 

聖書やコーランは、信仰の絶対的基準であり、

そこに書かれた内容が神の言葉そのもの、

あるいはそれに準ずるものとされています。

 

しかし『古事記』は、

国家の歴史や神話をまとめた歴史書であり、

信者がそれを日々読み、そこから教義を学び、

戒律を守るという形の書物ではありません。

 

『古事記』は、

神道の神話世界を伝える重要な文献ではありますが、

「これを信じなければならない」という教義的拘束力を持つものではないのです。

 

実際、神社での祭祀や信仰実践は、

『古事記』を直接読まなくても成り立っています。

神道は書物中心ではなく、祭りや儀礼、地域の伝承、

生活の中の習慣を通して受け継がれてきました。

 

つまり、

キリスト教やイスラム教が「啓典宗教」と呼ばれるのに対し、

神道は「生活宗教」「祭祀宗教」と言われることがあります。

 

神道の中心は教義よりも実践にあります。

神社で手を合わせること、四季の祭りを行うこと、

祖先を敬うこと、自然に感謝すること。

そこに体系的な教理書はなくても、

長い歴史の中で共有されてきた価値観があります。

 

では、『古事記』はまったく信仰と無関係な歴史書なのでしょうか。

そうとも言い切れません。

『古事記』に描かれた神々の物語は、

神社で祀られている神々の背景を理解する手がかりになります。

 

天照大神がなぜ皇室の祖神とされるのか、

なぜニニギノミコトが天孫降臨するのか。

 

こうした物語は、日本の国家観や皇統観を支える思想的基盤となりました。

その意味では、『古事記』は神道的世界観を知るための重要文献です。

 

しかし、それでもなお、神道は「書物の宗教」にはなりません。

 

神道の本質は、自然と人との関係、地域社会のつながり、

そして日々の営みの中にあります。

神は特定の一冊の本の中だけにいるのではなく、

山や川、祖先や土地に宿ると考えられてきました。

だからこそ、神道は教祖も経典も持たずに、今日まで続いてきたのです。

 

ここで一つの問いが生まれます。

教祖も経典もない宗教は、なぜこれほど長く続いてきたのでしょうか。

逆に言えば、固定された教義がないからこそ、

時代ごとに形を変えながら柔軟に生き続けることができたのではないでしょうか。

 

また、明治以降の国家神道の時代には、

『古事記』や『日本書紀』の神話が国家理念と強く結びつけられました。

 

その結果、

「神話」が政治と結びつくという新たな側面も生まれました。

この問題をどう考えるのかも、重要な論点です。

 

神道は本当に「経典なき宗教」なのか。

それとも、日本人の心の中にある無数の物語や習慣こそが、

目に見えない経典なのか。

 

この問いは、もう少し掘り下げる必要があります。

高光産業株式会社 公式サイト

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