
EXECUTIVE BLOG
2026.1.14
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
本来であれば 私は 今週末からハワイでした。
それは PTCと言う会議への参加の為でしたが
今年は体調不良の為に取り止めとなりました。
今日からは この PTCについての話になります、、、。
私が毎年参加している
太平洋電気通信協議会(Pacific Telecommunications Council/PTC) とは、
どのような場なのか。
初めて名前を聞かれる方からすると、少し分かりにくい組織かもしれませんので、
ここで私なりの言葉で整理してみたいと思います。
PTCは1978年、冷戦下という緊張した国際環境の中で設立されました。
当時、世界は政治的には分断されていましたが、
経済と技術の分野では、太平洋を囲む国々の結びつきが急速に強まっていました。
特に通信の分野では、衛星通信や太平洋横断の海底ケーブルが整備され始め、
米国、日本、アジア、オセアニアを結ぶ情報インフラが、
経済活動や安全保障の基盤として欠かせない存在になっていきました。
しかし、各国ごとに制度や技術標準、投資環境が異なり、
政府、事業者、研究者が一堂に会して継続的に議論できる中立的な場は、
当時ほとんど存在していなかったのです。
そうした背景から、官・民・学が立場を超えて集い、
太平洋地域の通信の未来を考える常設の対話の場としてPTCは生まれました。
PTCの特徴は、
規制を決める機関でも、特定業界の利益を代弁する団体でもないという点にあります。
海底ケーブルや衛星、無線といった通信インフラをどう発展させ、
どう安定的に運用していくのか。
政策担当者、通信事業者、技術者、研究者が、それぞれの立場から率直に意見を交わし、
知識を共有することを目的としています。
同時に、次の時代を担う人材を育てていくことも、
PTCが一貫して大切にしてきた役割です。
設立当初の1970年代後半から1980年代にかけては、
太平洋横断衛星通信や初期の海底ケーブル計画が主要なテーマでした。
国際回線需要が急速に伸びる中で、どのように設備投資を進めるのか、
災害時に通信を止めないための冗長性をどう確保するのか、
国や事業者の違いを越えて実務的な議論が重ねられてきました。
この時期に、PTCは「太平洋地域の通信を考える定点」として認知されるようになります。
1990年代に入ると、光ファイバー海底ケーブルが本格化し、
インターネットが商用として急速に普及します。
通信自由化や民営化が進み、
特にアジアでは新しい事業者やベンチャーが次々に登場しました。
PTCでも、技術だけでなく、
政策、規制、投資、ビジネスモデルまでを横断的に議論する必要が生まれ、
この頃から国際フォーラムとしての性格が一段と強まっていきます。
2000年代から2010年代にかけては、
ブロードバンド、モバイル通信、クラウド、データセンターといったテーマが
中心になります。
海底ケーブルの大容量化や多ルート化、アジア太平洋におけるデータハブの形成、
災害対応やサイバーセキュリティなど、
議論は通信を超えてデジタル経済全体へと広がっていきました。
とりわけハワイで開催される年次会合は、世界中から関係者が集まる場として定着し、
私自身も毎年ここで多くの示唆を得てきました。
そして2020年代の現在、PTCが扱うテーマはさらに重みを増しています。
地政学リスクやデジタル主権、AIやクラウド時代の通信基盤、
海底ケーブルの安全保障とレジリエンス、太平洋島嶼国のデジタル格差と人材育成。
もはや通信インフラは、経済や社会の「裏方」ではなく、
国や地域の将来を左右する戦略そのものになっています。
私が毎年PTCに参加しているのは、
こうした長い歴史の中で積み重ねられてきた率直な対話と知的交流に、
大きな価値を感じているからです。
派手な結論を出す場ではありませんが、
立場や国境を越えて本音で語り合うことで、
太平洋地域のデジタル基盤を支える共通理解が少しずつ育まれていく。
その現場に身を置き続けること自体が、
今の時代にとって意味のあることだと、私は考えています。