EXECUTIVE BLOG

社長&顧問ブログ

2026.9.12

学校最大の財産

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

昨日までは、母校への支援について、

「寄付してください」とお願いすることから始めるのではなく、

卒業生が自然に「何か母校のためにできないだろうか」

と思える関係をつくることが大切ではないか

 

という話しでした。

 

そして、そのことを考えているうちに、私は一つのことに気がつきました。

学校が持っている一番大きな財産とは、一体何だろう??。

 

立派な校舎でしょうか。広い運動場でしょうか。図書館でしょうか。

研究設備でしょうか。

もちろん、それらも大切です。

 

しかし、もっと大きな財産があるのではないでしょうか???。

 

それは、

その学校が何十年、場合によっては100年以上かけて社会へ送り出してきた

「卒業生」たちだと思うのです。

 

考えてみれば、学校とは不思議なところです。

 

毎年、新しい学生が入ってくる。

先生方からさまざまなことを学ぶ。

 

友人と出会う。失敗する。悩む。挑戦する。

 

そして数年後、卒業して社会へ出ていく。

その時には、まだ20歳前後の若者かもしれません。

 

しかし、

その人たちは10年、20年、30年と社会の中で経験を積んでいきます。

 

会社員になる人。経営者になる人。医師になる人。研究者になる人。

技術者になる人。教師になる人。芸術家になる人。海外で活躍する人。

地域を支える人。子どもを育てる人。

 

それぞれが、それぞれの人生を歩んでいきます。

 

そして50年経てば、その学校には、

50年分の人生経験を持った卒業生たちが、

社会のあらゆる場所にいることになります。

 

これは、ものすごい財産ではないでしょうか。

 

ところが、その財産がバラバラになっていると思うのです。

 

問題はここです。

 

せっかく学校が何十年もかけて育て、社会へ送り出した人たちなのに、

卒業すると、その多くが学校とのつながりを失ってしまいます。

 

学校側から見れば、「昭和○年卒業」「平成○年卒業」「令和○年卒業」

という記録は残っている。

 

しかし、

 

今その人が何をしているのか。

どんな経験を積んだのか。

何を後輩たちに伝えられるのか。

そうしたことは、ほとんど分からなくなってしまう。

 

私は、これは非常にもったいないことだと思うのです。

 

学校には毎年、新しい財産が増えている。

ところが卒業式が終わるたびに、その財産とのつながりが薄くなっていく。

 

これでは、

宝物を毎年社会へ送り出しながら、

その宝物がどこにあるのか分からなくしているようなものです。

 

例えば、今、一人の高校生が将来について悩んでいるとします。

「会社をつくりたい。でも自分にできるだろうか」

そんな時、その学校を30年前に卒業し、実際に会社を経営している先輩が、

「私も高校生の頃は何も分からなかったよ」

と話してくれたらどうでしょう。

 

成功した話だけではありません。失敗した話。

騙された話。資金繰りに苦労した話。

人間関係で悩んだ話。それでも諦めずに続けた話。

 

教科書には書いていない話です。

 

しかも、その人が、

「君と同じ校門をくぐった先輩」

だったら、言葉の届き方は少し違うのではないでしょうか。

 

これは、とても大切なことだと思います。

 

テレビで有名な経営者を見る。世界的な研究者の話を聞く。

もちろん素晴らしいことです。

 

しかし、あまりに遠い存在だと、

「この人だからできたんだ」と思ってしまうことがあります。

 

ところが、

「この人も自分と同じ学校だった」「この人も、この教室で勉強していた」

「この人も、この校庭を歩いていた」

と知ると、急に距離が近くなる。

 

そして、

「それなら、自分にもできるかもしれない」と思える。

先輩の存在には、そんな力があると思うのです。

 

そして私は、

卒業生の価値は、社会的に成功した人だけにあるとは思っていません。

 

むしろ後輩にとって役に立つのは、

その人が歩いてきた人生そのものではないでしょうか。

 

会社を辞めた経験。転職した経験。事業に失敗した経験。

子育てに悩んだ経験。介護をした経験。地方へ戻って暮らした経験。

海外へ挑戦した経験。夢を諦め、別の道を選んだ経験。

 

人生には、成功だけではありません。

しかし、

失敗したからこそ伝えられることがあります。

 

「あの時、こうしておけばよかった」

「これは若いうちにやっておいた方がいい」

「失敗しても、人生はそこで終わらない」

そんな言葉を、人生の先輩から聞けることは、

若い人にとって大きな財産になると思います。

 

そう考えると、学校の卒業生とは、

社会の中に散らばっている「生きた教科書」

のようなものではないでしょうか。

 

一冊一冊、内容が違う。

同じ人生は一つもありません。

 

経営について書かれた一冊。研究について書かれた一冊。

海外生活について書かれた一冊。子育てについて書かれた一冊。

失敗と再挑戦について書かれた一冊。

その「本」が、何千冊、何万冊と社会の中に存在している。

 

ところが現在は、その本がどこにあるのか分からない。

必要としている後輩と、経験を持っている先輩が出会えない。

 

だったら、その二人を母校がつないであげればいい。

私は、そう考えるのです。

 

ここで、「学籍番号」の考え方が、また生きてきます。

卒業したら終わる番号ではなく、母校と一生つながるための鍵

として考える。

 

卒業生は、自分の情報を母校の仕組みに登録しておく。

もちろん、住所やメールアドレスなどを他人に公開する必要はありません。

 

しかし本人が希望すれば、

「私はこの分野なら後輩の相談に乗れます」

「起業について話せます」

「海外勤務について相談に乗れます」

「就職活動なら協力できます」

といった情報を登録できる。

 

すると学校には、単なる卒業生名簿ではない、

「卒業生の知恵と経験のネットワーク」

ができていきます。

 

私は、ここに人間らしい面白さがあると思っています。

例えば60歳になった卒業生が、20歳の後輩から相談を受ける。

「将来、会社をつくりたいのですが、不安なんです」

 

その言葉を聞いた時、

60歳の人は、40年前の自分を思い出すかもしれません。

「ああ、自分も同じことで悩んでいたな」と思う。

 

そして、自分が40年間かけて学んだことを、少しだけ後輩に渡してあげる。

後輩に教えているようで、

実は、昔の自分に言葉をかけているのかもしれません。

 

「あの時の自分に誰かが教えてくれていたら」

と思うことを、今度は後輩に伝える。

 

私は、これこそ世代を超えた学校のつながりだと思うのです。

よく、「母校へ恩返しをする」と言います。

もちろん、それも素晴らしいことです。

 

しかし私は、

もう一つ違う考え方があってもいいと思っています。

「恩返し」ではなく「恩送り」です。

 

自分がお世話になった先生は、もう学校にはいないかもしれない。

自分を助けてくれた先輩にも、直接恩返しできないかもしれない。

それでもいい。

自分が受け取ったものを、

次の世代へ渡せばいい。

 

先輩から自分へ。自分から後輩へ。後輩から、さらに次の世代へ。

そうやって学校という場所を通じて、

人の善意や経験が何十年、何百年と受け継がれていく。

これは、

お金だけではつくれない財産だと思います。

 

100年の歴史とは、建物の古さではないのです。。

 

「創立100周年」

と聞くと、私たちは学校の歴史を感じます。

 

しかし、100年の歴史とは何でしょう。

 

100年前の校舎が残っていることだけではないと思います。

100年間に、

先生が学生を育て、その学生が社会へ出て、社会で経験を積み、

やがて後輩を育てる側になる。そしてまた次の世代へ渡していく。

 

その繰り返しこそが、学校の本当の歴史なのではないでしょうか。

 

校舎は建て替わります。制服も変わります。授業内容も変わります。

 

しかし、

「先輩から後輩へ何かを渡す」

ということは、100年経っても変わらないのではないでしょうか。

 

私は、学校と卒業生との関係を、

少し違った角度から考えたいと思っています。

 

卒業式は、

「学校との関係が終わる日」ではありません。

むしろ、

「学校との新しい関係が始まる日」なのではないでしょうか。

 

学生時代は、

学校から多くのものを受け取る。知識を受け取る。教育を受ける。

先生から教えてもらう。友人から学ぶ。

 

しかし社会へ出て10年、20年、30年経つと、立場が変わります。

今度は、自分が母校へ何かを渡せる人になる。

知識を渡す。経験を渡す。人脈を渡す。仕事の機会を渡す。

励ましの言葉を渡す。そして時には、お金を渡す。

 

学校と卒業生の関係が一生続いていれば、

そんな循環が生まれるのではないでしょうか。

 

想像してみてください。

ある高校生が、将来に迷っている。

母校の仕組みを通じて、一人の卒業生と出会う。

たった30分、話をする。その先輩が言う。

「大丈夫。私も君くらいの時は何も分からなかった。でも、一歩ずつ進めばいい」

それだけの言葉かもしれません。

 

しかし、その一言で、

 

「自分もやってみよう」と思える若者がいるかもしれない。

 

そして30年後。その若者もまた母校に戻り、今度は自分が後輩に言う。

「私も昔、ここの先輩に背中を押してもらったんだ」

そうして、また次の世代へつながっていく。

 

私は、そんな学校があったら素晴らしいと思います。

 

立派な校舎は、いつか古くなります。

最新の設備も、いつか新しいものに替わります。

お金も、使えばなくなります。

 

しかし、

人が人へ渡した経験や言葉は、その人の中に残り、

また次の人へ渡っていきます。

 

だから私は、

学校最大の財産は、卒業していった「人」ではないかと思うのです。

 

そして、その人たちがバラバラにならず、

学籍番号などを一つの鍵として、

卒業しても母校とつながり続けることができたなら。

 

学校は、

「学生が数年間だけ通う場所」から、一生を通じて人と人がつながる場所

へ変わるかもしれません。

 

20年前に考えた一つの仕組み。

 

最初は、「昔の友人へ連絡できたら便利だ」という発想でした。

 

しかし考えれば考えるほど、その先にはもっと大きな可能性が見えてきました。

 

卒業生と卒業生をつなぐ。

そして、

卒業生と在校生をつなぐ。

 

さらにその先には、

一つの学校だけではなく、

学校と学校を越えて、人と人をつなぐ世界が見えてきます。

 

もし、それぞれの学校が大切に育ててきた「人」という財産が、

学校の壁を越えてつながったら????。

 

そこには????

の話しは明日に続く、、、、、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

次の記事へ