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社長&顧問ブログ

2019.10.29

宝暦事件結末

高光産業株式会社 妹尾八郎です。

 

昨日からの続きです。

 

関ヶ原の戦いから 日露戦争に話が飛び

 

又時代は遡って宝暦時代の話と

 

あちこちに話が飛んでいますが

 

薩摩人の心意気を書いています。

 

昨日までは 幕府が薩摩を潰すために 到底あり得ない

難工事を命じる話で

もし これを断ればお家取り潰し 請けるにしても莫大な費用がかかり

藩はボロボロになり 討幕の根を断ち切ろうと幕府は考えていたようです

 

 

そんななか 幕府との戦争だとの意見も多く出る中 平田家老は

刀を桑に持ち替えてでも 薩摩の心意気を見せようと意見をまとめて

難工事を終えるのでした。

 

しかし

 

これで 万事吉ではなく

 

工事に要した費用は、現在の貨幣価値で300億円以上と推定されています。

平成28年度の鹿児島県予算が一般+特別会計を合わせて1兆478億円ほどですので、約1/30ってところでしょうか。

 

この莫大な金額を都合するため、薩摩ではサトウキビを強引に収めさせ、堺などの商人に渡すことでやりくりしていました。

 

が、サトウキビ農家からすればただの強奪にしか見えません。

 

そして 平田家老は藩の財政を救うために 大阪の商人から多額の借り入れをする際 藩の名前ではなく 平田家老の名前で借りていたのでした。

 

それで 最後に 平田家老は自刃することで 藩を救ったのです。

 

薩摩藩は靱負という大切な家老と藩士の多くが犠牲になった上、

領内からの恨みも買うという散々な結果になっています。工事は一応成功の部類に入っているので、全く無駄だったわけではないのですが……

 

あまりにも代償が大きすぎました。

 

この悲劇は、幕府との関係や幕末のドタバタに紛れ、少なくとも大正時代あたりまで、

地元鹿児島では全く知られていませんでした。

 

1920年に鶴丸城の裏あたりへ「薩摩義士碑」として、

この事件の犠牲者を弔う碑が建てられ、ようやく鹿児島でも知られるようになってきたとか。

 

靱負の話が教科書に載っているらしいので、小さい頃に聞いた覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

それで結論になりますが

この工事により多大の恩恵を受けた濃尾平野の輪中(わじゅう)地帯の人々

特に岐阜県人から薩摩義士とよばれ感謝されるようになったのですよ。

 

この話は まだまだ続きますが

 

このあたりで止めておきます。

 

で 話は変わり

薩摩に関する話題をもう一つ

 

 

東北の

山形県には なんと 西郷神社もあるのですよ

 

何故 山形に西郷神社が???

 

 

それは

 

明日に続く

 

 

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