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社長&顧問ブログ

2024.12.4

敵国条項

 

高光産業株式会社 妹尾八郎です

昨日からの続きです。

 

昨日までは 日本とドイツの終戦後における軍事裁判の話しでした。

 

日本とドイツは軍事同盟を結んでいましたが ここには イタリアも加盟していましたね

ですから 日独伊三国軍事同盟が あっと言う事は 学校で習ったかと思います。

 

悪の枢軸国などと言われたりしていました。

 

それなのに 戦後 日本とドイツでは 戦勝国による軍事裁判で 多くの軍人や政治家が

処罰を受けましたが イタリアでは軍事裁判は行われていませんでした。

 

これって 不思議な話だとずっと思っていましたが

 

世界史もロクに勉強していなかったので その理由など知る由もなかったですし 特段興味もありませんでした。

 

ヒトラー ムッソリーニ 日本では 東條英機がファシストと呼ばれていましたね。

 

このファシストの意味さえ知らず とにかく この三人はファシストなんだとしか教え込まれていませんでした

 

そもそも ファシズムとはですが、

この「ファシズム」の語源はイタリア語の「ファッショ」で束(たば)、集団、結束と言う意味なのですよ。

説明によりますと

第一次大戦後に現れた全体主義的・排外的政治理念,またその政治体制の事を指すようです。

 

自由主義を否定し一党独裁による専制主義・国粋主義をとり,

指導者に対する絶対の服従と反対者に対する過酷な弾圧,対外的には反共を掲げ侵略政策をとることを特色としていました。

イタリアではファシスト党として始まったのです。

 

これを見習って出て来たのが ヒトラーでした。

ヒトラーと言えば ナチスですね

このナチスの正式名称は 国家社会主義ドイツ労働者党だったかに記憶しています、、、

 

国粋主義が行き過ぎて ユダヤ人を迫害したのでしょうね、

 

彼等は独裁者であり権力者でしたが

日本では 憲法上は 天皇陛下が最高権力者でしたが 実権を握っていたのは軍部でした。

 

先に書いた 統帥権を乱用していたのです

天皇の名を出せば なんでも通るし 通せたのです。

そのような軍隊にしたのが 山縣有朋だったのです。

 

話しが逸れましたが

 

イタリアで軍事裁判が行われなかったの話に進まなければなりませんが

 

また 話はそれて

 

第二次世界大戦後に 国際連合が出来たことがご存知かと思います

第二次世界大戦が終結して、2024年の今年、日本は戦後79年目を迎えました。

 

しかし、国連が定めた国際連合憲章の条文には、

未だに「第二次世界大戦中に連合国の敵国であった国」、

つまり「敗戦国」に対する措置を規定した文言が残されていますのをご存じでしょうか?

 

これを「敵国条項」といいます。

 

国連の「敵国条項」を簡単に要約すると、

「第二次大戦中に連合国の敵国だった国が、第二次大戦で確定した事項に反したり、

侵略政策を再現する行動等を起こした場合、

国際連合加盟国や地域安全保障機構は、安保理の許可がなくても当該国に対して軍事制裁を科すことができる」

というものです。

 

つまり、敵国条項に該当する国が起こした紛争に対して、

国際連合加盟国や地域安全保障機構は、自由に軍事制裁を下す事が認められているのです。

さらに、

この条文は、敵国がどうすれば「敵国でなくなるのか」

については明記していません。

 

これはつまり、「第二次大戦中に連合国の敵国だった国」は

永久に敵国であり、旧敵国の起こした軍事行動に対しては、

平和的解決も話し合いも必要なく、

軍事的制裁を下すことが「国連」によって認められているということになるのです。

 

「敵国条項」の指す「敵国」とは、「第二次大戦中で連合国に敵対していた国」で、

日本、ドイツ、イタリア、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、フィンランドがこの

「敵国」に該当するといわれています。

 

しっかり イタリアも連合国に敵対していた国なのです、、

 

なのに、、、、、

何故?????

 

の話は

 

明日に続く、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

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