EXECUTIVE BLOG

社長&顧問ブログ

2025.11.4

文化勲章

高光産業株式会社

妹尾八郎です。

 

昨日は 文化の日の祝日でした、、

今日も文化の日の話に続きます、、、。

 

文化の日は戦後に新しく作られた祝日と思われがちですが、

実はその起源は戦前にさかのぼります。

 

もともと十一月三日は明治天皇の誕生日で、

明治時代には「天長節」として国民が天皇の誕生日を祝う日でした。

 

天長節は、天皇の長寿と国家の繁栄を祈る行事であり、

全国の学校や官公庁では式典が行われ、国旗が掲げられました。

明治天皇が崩御されたあとも、その誕生日を記念する日として「明治節」と改称され、

十一月三日は引き続き祝日として守られました。

 

この明治節は、

明治維新によって近代国家を築いた明治天皇をたたえる日として国民に定着し、

戦前・戦中を通じて続いていました。

 

ところが、第二次世界大戦の終戦を迎え、

日本は新しい国のかたちを模索する時代に入りました。

戦前の国家主義的な行事は廃止され、

国民生活の価値を重んじる新しい社会制度が作られ始めます。

 

戦後の日本では、一九四六年十一月三日に日本国憲法が公布されました。

この日付が、偶然にも明治節の日と重なっていたのです。

 

この出来事がきっかけとなり、十一月三日は天皇をたたえる日から、

憲法の精神を象徴する日へと生まれ変わることになります。

 

そして一九四八年(昭和二十三年)に「国民の祝日に関する法律」が制定され、

十一月三日は正式に「文化の日」と名付けられました。

 

この法律では「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」とその意義が明記されました。

つまり文化の日は、戦後になって新しい意味が与えられたものの、

もともとは明治天皇の誕生日であり、その歴史を受け継いでいるのです。

 

文化の日という名称が選ばれた理由は、日本国憲法の理念に深く関係しています。

 

憲法の前文には、

平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようとするという文があり、

さらに第二十五条には

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められています。

 

このように、戦後日本が掲げた新しい理想である自由・平和・文化の尊重を祝う日として

「文化の日」が誕生したのです。

 

そしてこの文化の日と深く結びついているのが「文化勲章」です。

文化勲章は、文化の発展に顕著な功績をあげた人々をたたえるために、

一九三七年(昭和十二年)に制定された栄誉ある勲章です。

 

文化の日が戦前からあったのと同じように、この文化勲章も戦前に始まっていました。

 

最初の授章式は一九三七年に行われ、第一回の受章者は九名でした。

その顔ぶれは実に多彩で、

日本画家の横山大観、小説家の幸田露伴、物理学者で随筆家の寺田寅彦、

金属学者の本多光太郎、天文学者の木村栄、洋画家で書家の中村不折、

東洋史学者の白鳥庫吉、植物学者の矢田部達郎、鉄道工学の上山満之進など、

文学・美術・科学・学術などさまざまな分野から選ばれました。

 

彼らはまさに日本文化の礎を築いた人々であり、

文化勲章はそれぞれの専門分野における最高の栄誉とされました。

 

この文化勲章を選ぶ審査は、

当時から文部省(現在の文部科学省)が中心となって行われており、

学術、芸術、科学などの専門家による選考委員会が設けられています。

 

文化勲章の候補者は、まず文化功労者の中から推薦され、

その中でも特に顕著な業績を持つ人物が文部科学大臣によって選ばれ、

最終的には内閣の承認を経て天皇陛下から授与されます。

 

授与式は毎年十一月三日、文化の日に皇居で行われます。

受章者は勲章とともに天皇陛下から直接お言葉を賜り、その功績が称えられます。

 

文化勲章は、国家が学問と芸術の力を重んじ、

文化によって社会を豊かにしていこうという象徴でもあります。

 

戦前には帝国の栄誉としての側面がありましたが、

戦後は平和国家として文化を礎とする日本の姿勢を示すものへと変わりました。

 

文化の日が「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」とされ、

同時に文化勲章が授与されるのは偶然ではありません。

 

どちらも文化を通じて人間らしさを尊重し、

国家よりも個人の創造と努力をたたえることを目的としているのです。

 

つまり文化の日は、天皇をたたえる明治節の伝統を受け継ぎつつも、

時代とともに意味を変えた祝日であり、

文化勲章はその理念を具体的な形で示す制度なのです。

 

毎年この日になると、

美術館や博物館が無料公開され、全国の学校や地域では文化祭や芸術祭が行われます。

秋の深まりの中で、国民が芸術や学問に親しむ姿は、

まさに文化の日の本来の姿を映し出しています。

 

明治から昭和、そして令和へと時代が移り変わっても、

十一月三日は常に文化と人間の尊厳を祝う特別な日であり続けています。

 

文化の日は、

日本が歩んできた歴史と未来への希望をつなぐ静かな記念日なのです。

 

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

次の記事へ
前の記事へ