EXECUTIVE BLOG
2021.10.19
高光産業株式会社 妹尾八郎です
昨日からの続きです。
昨日までは
日露戦争の 風刺画から色々な事が見えると言う話でした。
ロシヤは シベリア鉄道を完成させて 朝鮮だけでなく 中国にも侵略して
その後インドまで進攻しようと考えていたようです
それを危惧したイギリスが 日本を上手く活用して 政治的に有利な方向へと
導くために
本来であれば 白人からすれば蔑視されるべき日本と同盟を結んだのでした。
昨日の ブログの風刺画など 今であれば 完全な人種差別と受け取れる画だと思います。
細めで 出っ歯で チビで 洋服に下駄をはいて 西欧クラブに入る姿など
今の日本人が見たら驚くでしょうが
これが 当たり前の時代だったことを忘れてはなりません。
そのイギリスですが
日本とロシアが戦っても、万が一にも日本が勝つことなど期待していませんでした。
少しでもロシアのけん制になればよいくらいの判断だったのです。
当時
ロシアの南下はイギリスにとっても不都合なことで、日本がそれを食い止めることはイギリスの国益にも適うことだったのです。
実はその頃、
イギリスはアフリカで起きたボーア戦争で国力を消耗して
極東まで艦隊を差し向ける余裕がなかったのが実情だったようです。
更には
義和団の乱での日本軍の規律正しい行動がイギリスに伝えられ、
イギリス国民の信頼を得たことが同盟への大きな力になったといわれています。
同盟と言ってもイギリスが出兵してくれるわけでも、
資金や武器を供与してくれるわけでもありませんでした、
しかし
日英同盟があることで日本とロシアがぶつかったとき、
ロシアを支援するフランスなどの動きをけん制できることは、
日本にとっても大きなメリットとなると日本では考えられていました。
ロシアは日英同盟の後に、フランスと露仏同盟を結んでいます。
しかし、もし日露戦争の際にフランスが参戦すれば、
今度は日英同盟に基づいてイギリスが日本を支援するために参戦します。
そうなると当時のイギリスとの国力差を考えた場合に、フランスに勝ち目はないため、
結果的にフランスは参戦できないと言うことになるので
日英同盟は日本にとっての大きなお守りとなるのでした。
それでも、
日本はぎりぎりまでロシアとの戦争を避けるべく外交上の手段を尽くしました。
満州のロシア支配は認めるが、その代わりにロシアの朝鮮への侵略を断念してくれるように再三交渉を行いましたが、
ロシアは良い回答をしなかったのです。
では ここで 日本が朝鮮に侵略しようとしているのをロシアが邪魔してくるのかと
当時の日本は考えていたのではないのです
いまだに 韓国は日本が挑戦を侵略たのだから謝罪しろと言う意見を出してきますが
何故 ロシアに対して 朝鮮への侵略を止めるように交渉したのか????
それは何故か?????????????????????
その答えは
明日に続く、、、、、、、、。
今日の風刺画は 列強が中国を分断して植民地にしようとしている風刺画です。
これは
日清戦争終結から3年後に、
列強が清国を分割したことを表す有名な諷刺画です。
図の左から
イギリスのヴィクトリア女王・
ドイツのヴィルヘルム2世・
ロシアのニコライ2世・
フランスの象徴である女性像マリアンヌ、
そして日本を象徴するサムライ。
背後には清国人がなすすべもなく手を上げています。