EXECUTIVE BLOG
2022.3.22
高光産業株式会社 妹尾八郎です
昨日からの続きです。
昨日までは 偶然知り合った 幕末の英雄の子孫の方と
私の家が 同じ 臨済宗大徳寺派だったと言う話から
仏教とは何か??? の話になっていました。
日本では 人が亡くなりますと 殆どの方が仏式の葬儀を
行っていますね。
亡くなった遺体の前で お坊さんがお経をあげて そして戒名を
頂くのですが、
殆どの方が これが当然だと思い この儀式を受け入れています。
何故ご遺体の前でお経をあげているのか? 戒名の意味は何なのか?
等 深く考えた事も無いとおもいます。
本来であれば 生前に修業を行い 戒名を頂く事のが本筋なのですが
殆どの方は 修業をしないまま亡くなってしまいます。
仏教の考えでは そのままでは あの世に行けないので
亡くなった時に 急ぎお経をあげることで修業をした事として戒名を与えて
あの世に行っていただく みたいな感じで お葬式の儀式があるようです。
簡単に言えば 葬儀でお経を読まれることが修行なんだという事です。
では この葬式はいつ頃始まったのでしょうか??
だんだん 話が逸れまくりましたが
現代の葬儀を考える前に 古代ではどのような葬儀が行われていたのか?
そもそも土葬だったかに聞いていますね、
大昔は、遺体を長期間仮安置するのが日本古来の葬制で、
この事を 殯(もがり)と呼んでいたのです。
すぐに葬儀や埋葬を行わないのは、故人の復活を願いつつも、
遺体が腐敗し白骨化していく様子を見守ることで緩やかに死を受け入れていくことや、
死者の祟りを畏れ霊魂を慰めることが目的だったのです。
かつては位の高い貴族や皇族が亡くなると、殯が行われていたようです。
身分が高い人ほど、殯の期間も長く、
もっとも長い殯は天武天皇の2年2か月という記録が残っているそうです。
現在、日本の火葬率は99%で、
長期間の殯の代わりに1日程度のお通夜をするのが一般的です。
通夜は この 殯(もがり)の名残だという事だったのです。
殯の風習を初めて知る方も多いと思いますし この現代でこの風習が残っているのかと言いますと、
実は現代も殯の風習は皇族に残っているのです。
殯(もがり)は 喪が上がったと言う意味から来ているようです。
死者の復活と魂の鎮魂を願い一定期間儀式を執り行うことで、
死者に心置きなく旅立ってもらい、自分たちも現世の暮らしに戻る。
その意味では、現代の喪が明けることに共通しているのですね。
殯の歴史は古く、魏志倭人伝や日本書紀、古事記、万葉集にも、殯やそれに準ずる葬制を行っていたとわかる記録が残っているようです。
殯の風習は皇族や貴族から、一般庶民にも広がっていったと言われています。
しかし、皇族や貴族の殯と同じように、長期間行われていたかは定かではありません。
大化の改新で、身分による墳墓の規模をなどを制限した薄葬令が出されたことや、
仏教伝来と共に火葬が伝わり普及したこともあって、
それ以降は殯の風習は減退したのです。
で 現在もの 風習を続けているのが
皇室だと言う事なのです。
では
皇室ではどのように行っているのか?????
それは??????
明日に続く、、、、、、。