EXECUTIVE BLOG
2025.3.12
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
昨日までは 二・二六事件当時 教育総監だった渡辺錠太郎が 襲撃された時の話しでした。
今日は その現場を 目の前で目撃した 当時9歳の娘である 和子さんの話しになります。
和子さんが見た現場を 少し 小説風に再現してみたいと思います。
「お父さま、逃げて……!」
和子がそう叫んだとき、すでに運命は決まっていたのかもしれません。
昭和十一年の冬、東京の街には静かに雪が降り積もっていました。
まだ夜も明けきらぬ午前五時過ぎ、突如として響き渡る軍靴の音。
その音が、和子の人生を大きく変えることになるとは、誰も想像しなかったでしょう。
異変に気付いたのは、外から聞こえてくる騒がしい音でした。
眠りを破るように、兵士たちが門を破り、銃を手に押し寄せてきたのです。
「お父さま、逃げて!」
和子の声が響きました。
しかし、父・渡辺錠太郎は静かに玄関へと向かいました。
「私は軍人である。逃げるつもりはない。」
毅然とした声。揺るぎない信念。
そして次の瞬間、銃声が響きました。
「お父さま!!」
和子が駆け寄ったとき、父は血に染まっていました。
青年将校たちは冷酷にも何度も引き金を引き続けました。
それでも父は簡単には倒れませんでした。
まるで、最後まで信念を貫こうとしていたかのように。
やがて力尽き、父は倒れました。和子は泣きながら、その身体にすがりつきました。
「お父さま……!」
小さな和子の目には、父の姿が霞んで見えました。
それでも、父は最後の力を振り絞るように娘を見つめ、微笑みました。
「和子……しっかり生きなさい……。」
かすれた声でしたが、娘にははっきりと届きました。
涙が止まりませんでした。温かかった父の手が、次第に冷たくなっていく。
もう二度と、動くことはないのだと気付いた瞬間、和子の心は張り裂けそうでした。
やがて兵士たちは、何事もなかったかのように去っていきました。
当時の現場で このようなやり取りが親子の間であったと思われます。
そして
その日を境に、和子の人生は大きく変わっていくのです。
父の最後の言葉の「しっかり生きる」と言う言葉を胸に刻みこます。
彼女がこの先どのような道を歩むことになるのか??????
は
明日に続く、、、。