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社長&顧問ブログ

2023.6.7

渡辺通り

 

 

 

高光産業株式会社 妹尾八郎です

 

昨日からの続きです。

 

昨日までは 旧制大学 旧制高校の話でした。

優秀な大学に 優秀な人材が集まると その地域の発展にも繋がると思います。

 

その事を考えてみますと

何故 九州の中心が熊本から福岡へ変わって行ったのかが見えてくると思います。

それで

福岡に差を付けられる一つ目の契機が、九州帝国大学の設置にあったのです。

旧制高校の第五高等学校を初めとする高等教育機関が揃っていた熊本は、

九州帝国大学の設立が計画されていた当時は

当然歴史的にも地位的にも高い熊本への設置は当然という考えがあり、

殆どの誘致活動を行っていませんでした。

九州帝国大学は熊本で決まるとの慢心もあったのでしょう。

 

一方、商業都市ではあったのもの国家機関や教育機関がほぼ無かった福岡は、

帝国大学の誘致活動を活発にったのです。

 

そこには ある博多商人の努力が隠されていたのをご存知の方は少ないかもしれません。

福岡市には多くの道路に愛称が付けられているのですが、

愛称の割に味気ない名前が殆どで、

東西を貫通する幹線は「昭和通り」「明治通り」「国体通り」で、

博多駅博多口から発する道路は「大博通り」「博多駅前通り」です。

他には「筑紫通り」「住吉通り」「高宮通り」など地名が着く道路もあるのですが、

 

その中でも例外中の例外といえるのが福岡市の中心街・天神を縦貫する

「渡辺通り」です。

 

しかし渡辺通りの由来である「渡辺與八郎」を知る人が博多にも意外に少ないのには

驚きました。

 

何を隠そう

この人物が九州帝国大学を福岡に誘致することに努力された方だったのです。

彼が いなければ 九州帝国大学は すんなり 熊本で決まっていたかもしれないのです。

 

九州帝国大学への昇格の際には、大学予定地の近所に遊郭があるという理由で文部省は許可を出さなかったのですが、

それならばと與八郎は自分の保有地4万7000坪を無償で提供し、遊郭全体を移転させているのです。

この移転先が今の福岡の清川辺りになります。

他にも多額の寄付をする事で九州帝国大学が 福岡に誘致される事になったのです。

 

大学を誘致する事で優秀な人材が集まり また企業も集まると彼は考えたのです。

 

自分の利益の為でなく 街全体の発展の為に資材を投げだして大学を誘致させただけでなく

何と市電までつくり 市に寄付したのですから驚きです。

 

先にも書きましたが 熊本は官が主導していましたが

博多はこのような豪快な商人がいたおかげで その後 大きく発展することになったと

言う事です。

 

と言う事で

九州の雄県が 福岡になった話はこのへんで終わりになり

 

逆に 鹿児島をおさえるために 熊本に軍事拠点を置いたのですが

何故 そんなに鹿児島は危険視されていたのか???

 

明日に続く、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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