
EXECUTIVE BLOG
2026.7.15
妹尾八郎です。
昨日は、
神社の入口に立つ「鳥居」の話しでした。
鳥居は、
神様がおられる神聖な世界と、
私たちの日常を分ける「境界」の門なのです。
鳥居をくぐることは、単に神社へ入るということではなく、
自分の心を整え、
新しい気持ちで一歩を踏み出すことでもあるという話でした。
さて、鳥居をくぐると、
その先で私たちを静かに迎えてくれる二匹の動物がいます。
そう、「狛犬」です。
神社へ行けば必ずと言ってよいほど目にする狛犬ですが、
不思議に思われたことはありませんか??。
「あれ、二匹とも同じ顔ではない。」
よく見ると、
一方は口を大きく開けています。
もう一方は、しっかりと口を閉じています。
これは偶然ではありません。
実は、それぞれに深い意味が込められているのです。
口を開いている狛犬は、「阿形」。
口を閉じている狛犬は、「吽形」と呼ばれています。
この「阿」と「吽」は、
古代インドのサンスクリット語に由来するといわれています。
「阿」は最初の音。
「吽」は最後の音。
つまり、「始まり」と「終わり」を表しているのです。
私たちが五十音を「あいうえお」から学ぶように、
昔の人は「阿」から「吽」までが、すべてを意味すると考えました。
だから狛犬は、
「宇宙の始まりから終わりまで」
「人生の始まりから終わりまで」
を見守る存在とされているのです。
実は、この考え方は仏教にも受け継がれています。
お寺の仁王様も、
一方は口を開き、一方は口を閉じています。
神社もお寺も違うようでいて、「人生を守る」という願いは共通しているのです。
ところで、私はもう一つ、
この阿形と吽形には大切な教えがあるように思います。
それは、「話すこと」と「聞くこと」の大切さです。
阿形は口を開いています。
これは、
自分の思いを伝えること。
感謝の言葉を口にすること。
励ましの言葉をかけること。
勇気を持って一歩を踏み出すこと。
そんな積極的な生き方を表しているように感じます。
一方、
吽形は口を閉じています。
これは、
ただ黙っているという意味ではありません。
人の話に耳を傾けること。
相手の気持ちを受け止めること。
言わなくてもよい言葉を飲み込むこと。
静かに自分を見つめること。
そんな
「聞く力」や「忍耐」を教えてくれているようです。
私たちは、
つい話すことばかりを考えてしまいます。
自分の意見を伝えたい。
自分を理解してほしい。
しかし、
本当に人から信頼される人は、
話が上手な人ではなく、
よく人の話を聞ける人だと言われます。
口を開くことも大切。
口を閉じることも大切。
その両方があって、人間関係は豊かになっていくのでしょう。
昔から、
「口は一つ、耳は二つ」という言葉があります。
これは、
「話すことよりも、聞くことを二倍大切にしなさい」
という教えとも言われます。
狛犬は、
そのことを何百年もの間、
私たちに静かに伝え続けているのかもしれません。
また、阿形と吽形には、
「始めたことは最後までやり遂げる」
という意味も込められているように思います。
何かを始めることは誰にでもできます。
しかし、
続けることは簡単ではありません。
勉強も、仕事も、健康づくりも、人とのご縁も同じです。
途中で投げ出したくなることがあります。
思うように成果が出ない日もあります。
それでも、
一歩一歩積み重ねていくことで、本当の力が身についていきます。
「始まり」を大切にする。
そして
「終わり」まで責任を持つ。
阿形と吽形は、その姿で人生の歩み方を教えてくれているようです。
神社へお参りに行かれたら、ぜひ狛犬のお顔を見比べてみてください。
口を開いた狛犬は、「勇気を持って一歩踏み出しなさい。」
と語りかけてくれているようです。
口を閉じた狛犬は、
「人の話をよく聞き、最後まで誠実に歩みなさい。」
と教えてくださっているようです。
人生は、
「始める力」と「続ける力」の両方があってこそ豊かになります。
狛犬は、
その大切なことを、何百年もの間、
神社の入口で私たちに伝え続けている、日本人の素晴らしい人生の先生なのです。
明日は、
神社へ入ると必ず目にするアレの話に続く、、、、。