EXECUTIVE BLOG

社長&顧問ブログ

2026.3.5

男雛と女雛の位置の違い

高光産業株式会社

妹尾八郎です。

 

三月三日のひな祭りで雛人形を飾るとき、

多くの家庭では男雛を向かって左、女雛を向かって右に置いています。

 

ところが京都の雛人形を見ると、これが逆になっている場合があります。

 

京都では男雛が向かって右、女雛が左に置かれるのです。

なぜ同じ日本の行事なのに、飾る位置が違うのでしょうか。

この違いは、実は日本の歴史や宮廷文化の変化と深く関係しています。

 

まず理解しておきたいのは、

雛人形はもともと宮廷の世界を表しているということです。

 

男雛は天皇、女雛は皇后を表しています。

三人官女や五人囃子なども、すべて宮廷の人々を表したものです。

つまり、ひな壇は「宮中の世界を小さく再現したもの」なのです。

 

古い宮廷の作法では、最も位の高い人は「左」に座るとされていました。

これは中国の思想の影響です。古代中国では「左上位」という考え方があり、

左の方が格が高いとされていました。

 

日本の朝廷もこの考え方を取り入れました。

そのため、天皇は儀式のときに向かって右側、

つまり左側の席に座ることになります。これを「左上位」といいます。

 

京都の雛人形は、この古い宮廷の作法をそのまま受け継いでいます。

男雛は天皇を表すため、本来の宮廷の席順に従って置かれます。

つまり、本人から見て左側、見る人からすると右側に置かれるのです。

これが京都式の飾り方です。

京都は長く天皇と公家の文化が中心だったため、宮中の伝統をそのまま守り続けました。

そのため現在でも京雛では男雛が向かって右、女雛が左になるのです。

 

ところが時代が進み、明治時代になると事情が変わります。

 

明治維新によって天皇は京都から東京へ移ります。

そして新しい政府は、西洋の制度や礼儀作法を取り入れ始めました。

西洋では、国王や主人が向かって右側に立つことが多く、

これが格式ある立ち位置と考えられていました。

 

その影響が象徴的に現れたのが、大正時代の天皇の即位礼です。

大正天皇の即位の際、

写真や儀式では天皇が向かって左、皇后が向かって右に並びました。

つまり西洋式の並び方が採用されたのです。

この形式は昭和天皇の時代にも引き継がれ、国民に広く知られるようになりました。

 

当時は新聞や写真が広く普及し始めた時代でした。

人々は天皇と皇后が並んでいる写真を見て、

「天皇は左、皇后は右」という印象を持つようになります。

 

そこで東京の人形業界は、この並び方を雛人形にも取り入れました。

こうして関東の雛人形では、

男雛が向かって左、女雛が右に置かれるようになったのです。

 

つまり、

京都の並びは平安時代以来の宮廷文化を守ったもの、

関東の並びは近代以降の西洋化の影響を受けたものと言えます。

 

どちらが正しいというわけではなく、それぞれ異なる歴史を反映しているのです。

 

この違いは、日本文化の面白さをよく表しています。

日本では古い文化が完全に消えるのではなく、

新しい文化と並んで残ることが多いのです。

 

京都では千年の宮廷文化が守られ、

東京では近代の新しい形式が広がりました。

その結果、同じ雛人形でも地域によって飾り方が違うという現象が生まれたのです。

 

現在では全国的に関東式の飾り方が主流になっています。

特に量産される雛人形の多くは男雛が左に置かれています。

しかし京都の老舗人形店などでは、今でも伝統的な京雛の飾り方が大切に守られています。

 

雛人形を眺めるとき、単にきれいな人形として見るだけでなく、

その並び方にも歴史が隠れていることに気づくと、

ひな祭りが少し違って見えてくるかもしれません。

 

男雛と女雛の位置の違いは、

平安時代の宮廷文化、明治以降の近代化、

そして地域の文化の違いが重なって生まれたものなのです。

 

小さな雛人形の並びの中に、

日本の長い歴史が静かに息づいていると言えるでしょう。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

次の記事へ