EXECUTIVE BLOG
2019.11.5
高光産業株式会社 妹尾八郎です。
昨日からの続きです
高光産業ITへの道を書かなければならないのですが
10月16日から 話はそれて
昨日までは 山形に西郷神社がある話に飛んでしましました。
これは 薩摩藩にまつわる話から逸れて行ったのですが
関ヶ原で 薩摩藩が 世界戦争史上はじめて 敵に向かって退散した話から
振り返ってみると いろいろ 薩摩は常識で考えられない手段を使っていたなと
思うのです。
そして 日露戦争の 日本海海戦での話になるのです
日本軍は 203高地を攻略して旅順港を攻撃して ロシア旅順艦隊を撃滅までは
多くの犠牲を払って行えたのですが
バルティック艦隊を撃破する作戦はなかなか見出せませんでした。
バルティック艦隊に対峙する日本海軍連合艦隊は その規模は約半分のです。
通常 海戦では 二つの艦隊が対峙しながら お互い大砲を撃ち合うのですが
簡単にいえば 敵艦隊の長さが2倍あるとすると そこにあるに大砲の数は 連合艦隊の2倍になるのです。
お互いがすれ違いざま撃ち合うわけですから 当然大砲の数が多いほうが確立は高くなります。
そこで 東郷平八郎は 少ない大砲でも命中率を上げれば良いと考え
日夜そして一週間休みなく 大砲発射の練度をあげる猛訓練を繰り返したのでした。
この時にできた 軍歌が 皆さんご存知かと思いますが
「月月火水木金金」 なんです。
お分かりですよね 土曜日日曜日が無いのです
一切の休日も与えず訓練を繰り返したのです。
兵士誰一人文句は出ません。 彼らは 日本をロシアの植民地から守るために
必死で猛訓練に耐えたのです。
203高地で多大の犠牲を払った英霊に対して報いるために猛訓練を続けたのです。
そして いよいよ決戦の日
東郷平八郎は あの有名なZ旗を 旗艦三笠に掲げます
そして 全軍に 電報を打つのです
その内容が
「皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」
この 有名な命令が全艦隊に届くのです。
いよいよ 関ヶ原の戦い以上の 決戦の時を迎えるのです。
どんなに 猛訓練を行い練度が上がったとはいえ
強力で日本の倍もある艦隊を打ち破るには 練度や精神力だけでは
無理だと言うことは 東郷平八郎司令長官も十分認識していました。
まもなく
両艦隊は お互いすれ違う距離まで 迫ってきました。
日本海軍 絶対絶命の大ピンチです。
しかし
その時 世界戦争史上あっと驚く 作戦を
東郷平八郎司令長官は発するのです。
だれもが 耳を疑った そんなありえない作戦とは
多くの将兵はもうこれで駄目だと思ったかもしれません
しかし 東郷は その作戦を実行します
その作戦とは??
それは
明日に続く、、。