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社長&顧問ブログ

2020.11.5

福岡ネタへと

高光産業株式会社 妹尾八郎です

 

昨日からの続きです

 

昨日までは

麻布十番のジャーナリストとのビジネスの話から それを全国へ広げる為に

各地を訪れる事になるのですが

狭い日本と言えども 日本に各地に色々な歴史があり

そして何よりも どの地域に行っても 郷土愛が強いなと感じるのです

 

やはり他府県からの訪問となると 何か 壁を作られている気がします。

それを乗り越えるためには 昔から郷に入っては郷に従えという諺があるように

その地域を否定するのではなく 逆にその地域の方が知らないことまで

知っていると 逆に好感を持たれてビジネスも話がしやすくもなるのです。

 

しかし 最初の頃は そんな事も知らずに 福岡から乗り込んで来たぞ

みたいな感じでいたので反省をしているのです

 

中でも 先に書いた 草津温泉事件では 大きな恥をかきました

そんな事も知らずに当地に来たのか的な扱いになってしまったのです

 

しかし そういう事もあり 色々ご当地ネタを調べていると 本当に色々な

事が分かり 訪問することが楽しみになっていくのです。

 

急がば回れ の言葉も 滋賀県民にとりましては 当たり前のことなのですね、

 

そして その滋賀県ネタの続きを続けなければならないのです、

 

その話は 2000年の彦根市長選の話になるのですが 他府県の我々からすれば

そんな馬鹿な!というような話なのです。

 

その話は 何か?? について話を進めなければなりませんが

 

またまた 話が逸れて 自分の足元の福岡の事を書けとお叱りを受けていますので

地元ネタをすこし

 

以前書いていました 黒田長政の話も 延び延びになっていて その話の結論を書けと

言われていますので

 

その話に まずは 戻る事とします

 

その話とは 何故 黒田長政が博多に来て 黒田藩を創るのですが

52万石の大大名ですので 大きなお城を構えるのが常識です

しかし 福岡城には お城のシンボルとなる天守閣が無いのです。

 

それで 今ではこの地を 平和台と呼んでいるのですが

多くの方は 黒田の殿様は 平和を好んで 天守閣を作らなかったと言う説が

福岡でも広く信じられているのですが

 

実はそうではないと言う説があるのです。

そりゃ 一国一城の主となったからには 立派な天守閣を持った城を

作りたいと考えたと思います

 

しかし 天守閣を作らなかったのは 何故か? 

ここで以前から話が止まっていましたが

本能寺で 織田信長が明智光秀の謀反にあい亡くなったのですが

その時 悲報を聞いて泣き崩れる 秀吉に 放った一言に起因するのです

 

その時の言葉が

「これで天下は殿のものではありませんか」 の一言だったのです

 

それまで 秀吉に対して忠義を貫いていた官兵衛は この一言で

秀吉から信頼を失うのです。

 

どういうことかと言うと

忠臣がこのような事を言うという事は いつかは 自分をも裏切るのではと猜疑心がでたからなのです

以来どんなに手柄を立ても 秀吉は 官兵衛にもその子長政にも決して心を許すことが

無かったのです。

 

 

その後官兵衛は 後目を一切長政に渡して 如水と名前を改めて隠居するのです。

 

そして 長政は父親の失敗を二度と繰り返さないためにも 必死に家康に仕える事となるのです

 

 

この事で 家康は 関ヶ原で勝つことになるのですが

何故 長政の働きで 天下分け目の大一番に勝つことが出来たのか?

 

それと 天守閣が出来なかったことと どのように繋がるのか???

 

その話は

 

 

明日に続く、、、。

 

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