EXECUTIVE BLOG
2022.9.10
高光産業株式会社 妹尾八郎です
昨日からの続きです。
昨日までは 靖国神社の話でした。
戦時中は 靖国神社に行けば 戦死した 兄や父に会えると
言われ その事を 社頭の対面と呼んでいました。
又 戦死者の自宅は 誉の家と 言われ
戦死者の子供は 誉の子 と言われていたのです。
これらの事は 戦時中の戦意高揚の為のプロパガンダと言われていますが
国や家族を愛するが故に戦って散った英霊が祀られている神社に頭を下げに
純粋な気持ちでお参りされる方も多数います。
その場所が 靖国神社なのです。
この靖国神社、太平洋戦争の英霊を祀っているのかと言うとそうではないのです。
政府関係者が 参拝に行くと 中国や韓国から 太平洋戦争を始めた侵略者の元に
参拝するのはけしからんと抗議が来ていますが
太平洋戦争の英霊だけが祀られているのではないのです。
では 靖国神社はいつどのような形で建立されたのか? が
今日の話になります。
靖国神社は、江戸時代の幕末、
長州藩で1863年に結成された奇兵隊士の霊を弔うために、
高杉晋作が招魂社造営を発議したことに始まりました。
その後、戊辰戦争後に、官軍(薩摩、長州、土佐、肥前4藩)将校の招魂祭を江戸城で行うとともに、京都東山では官軍の戦死者を祀ったのです。
これを機に、
幕末、明治維新期の戦没者を慰霊、顕彰する動きが全国的に活発になり、
日本陸軍の創始者である大村益次郎が明治天皇に東京に招魂社を
創建することを献策したのでした。
この事により
明治天皇は、現在の東京・北九段に「東京招魂社」を創建し、
戊辰戦争の戦没者3,588柱を合祀したのでした。
その後1879年に、
軍直轄だった東京招魂社は、「靖国神社」に改名されることになったのです。
では この靖国神社には 戊辰戦争の戦死者を全て祀っているのかと
いうとそうでもないのです。
日本人なら誰でも知っている 明治維新の あの人物は
祀られていないのです。
明治維新の英雄と言われた あの人が
何故 祀られていないのか?????
それは???
明日に続く、、、。