
EXECUTIVE BLOG
2026.10.25
高光産業株式会社
妹尾八郎です
人間というものは、何とも不思議な生き物です。
怖いものに出会えば、普通は逃げようとします。
ところがハロウィンになると、
わざわざ自分から怖いものの格好をして、人前に現れるのです。
お化けに魔女、骸骨に吸血鬼。
普段なら出会いたくないような姿をして、街を歩き回る。
しかも、
それを見た人たちは怖がるどころか、笑顔で楽しんでいます。
考えてみれば、何とも奇妙な光景ではありませんか。
そもそも、人はなぜ仮装をするのでしょう。
そんな疑問から、今度は仮装の歴史を調べてみることにしました。
すると、昔のアイルランドやスコットランドには、
現在のハロウィンにつながる、実に興味深い習慣があったことが分かりました。
かつて人々は、
ハロウィンの夜には不思議な霊や得体の知れない存在が現れると考えていました。
そこで、
自分たちも恐ろしい姿に変装して、
そうしたものに紛れ込もうとしたという言い伝えがあります。
怖いものから身を守るために、自分も怖いものになる。
なるほど、そういう考え方もあるのですね。
もっとも、仮装の歴史は複雑で、
すべてがこの理由から始まったと断定できるわけではありません。
昔のアイルランドには、仮面をつけて近所の人々を驚かせたり、
変装した仲間たちが家々を訪ねて楽しませたりする習慣もありました。
そして、私が特に興味を持ったのは、
スコットランドに伝わる「ガイジング」という風習です。
これは、子どもたちが仮装して近所の家を訪ねるというものです。
ただし、
今のように、お菓子をくださいと言うだけではありません。
子どもたちは、訪ねた家で歌を歌ったり、詩を暗唱したり、
冗談を言ったりして、家の人を楽しませるのです。
そして、
そのお礼として、りんごや木の実、お菓子などをもらっていました。
私は、この話を知って、何とも微笑ましい気持ちになりました。
お菓子をもらうためには、まず相手を楽しませなければならない。
そこには、
小さな子どもたちなりの工夫や努力があったのでしょう。
さらに調べてみると、
1932年、スコットランドのサウス・ウイスト島で撮影された、
ハロウィンの貴重な記録が残されていることも分かりました。
そこでは子どもたちが、
羊の毛皮や藁など、身近にあるものを使って仮装していたそうです。
今のように、お店に行けば立派な衣装が買える時代ではありません。
あるものを使い、知恵を絞って、普段とは違う姿に変身する。
その姿を想像すると、
当時の子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくるような気がします。
私は、そんな昔のハロウィンの夜に、
こんな光景があったのではないかと想像してみました。
秋も深まり、冷たい風が吹く小さな村。
古い家の扉を、仮装した子どもたちがたたきます。
扉が開くと、そこには一人のおばあさんが立っています。
子どもたちは、少し緊張しながら、練習してきた歌を歌い始めます。
中には、人前に出るのが苦手な子もいたかもしれません。
普段なら恥ずかしくて、大きな声など出せない子です。
けれど、その夜は違います。
顔にはお面をつけ、いつもとは違う衣装を着ています。
今日は、いつもの自分ではありません。
お化けになったつもりで、思い切って声を出してみます。
ところが、緊張したせいでしょうか。
途中で歌詞を忘れてしまいました。
隣の子が小さな声で教えようとしますが、
二人とも分からなくなってしまいます。
思わず顔を見合わせる子どもたち。
その様子を見ていたおばあさんが、声を上げて笑いました。
そして、子どもたちもつられて笑い出します。
おばあさんは、
用意していたりんごを一つずつ手渡しながら、こう声をかけます。
「また来年も、来ておくれよ」
もちろん、これは当時の風習から私が想像した場面です。
けれど、きっと、こんな温かいやり取りが、
あちらこちらの村で繰り広げられていたのではないでしょうか。
私は、この光景を思い浮かべながら、一つのことに気付きました。
仮装というものは、
自分の姿を隠すためだけのものではないのかもしれません。
普段の自分では、なかなかできないことがあります。
恥ずかしくて、人前で歌えない。
失敗するのが怖くて、思い切ったことができない。
周りの人にどう思われるだろうと考えて、つい遠慮してしまう。
大人になっても、そんなことはありますね。
ところが、いつもの自分とは違う姿になると、
不思議と勇気が湧いてくることがあります。
お面をつけることで、
かえって素直な自分を表に出せることもあるのでしょう。
そして、
私がもう一つ心を動かされたのは、
子どもたちを迎える家の人々のことでした。
今のようにテレビもインターネットもなかった時代。
村の人々にとって、
子どもたちが歌を歌い、冗談を言いながら訪ねてくることは、
秋の夜の楽しみの一つだったのかもしれません。
子どもたちは、お菓子や果物をもらって喜ぶ。
家の人たちは、子どもたちの姿を見て笑顔になる。
そこには、
何かを買ったり、お金を払ったりするだけでは得られない、
素朴な喜びがあったのでしょう。
人を楽しませようとする気持ちが、
相手を笑顔にし、その笑顔が、今度は自分を幸せにする。
そんな小さな喜びが、
村の中を行き交っていたのではないでしょうか。
考えてみれば、現代の私たちも、
誰かの笑顔を見ることで、心が温かくなることがあります。
小さな子どもが一生懸命に歌っている姿。
慣れないことに挑戦して、失敗してしまった人の照れ笑い。
そんな何気ない光景に、思わずこちらまで笑顔になる。
人間の心というものは、何とも不思議ですね。
昔の人々が恐ろしいものから身を守るために始めたと伝えられる仮装。
それが長い年月を経て、人々を楽しませるものとなり、
今では世界中で親しまれる文化へと育ってきました。
昔は、
目に見えないものを恐れた人々が、怖い姿に変装していました。
しかし今では、怖い姿をすることそのものが、
人々の楽しみになっています。
恐ろしいと思われていたものが、
いつの間にか笑顔を生み出すものになっている。
私は、この変化が何とも面白いと思いました。
そして、ふと考えたのです。
私たちの日常にも、似たようなことがあるのではないでしょうか。
初めてのことに挑戦するとき、
人は誰でも多少の不安を感じます。
失敗するかもしれない。人に笑われるかもしれない。
そんな気持ちから、
最初の一歩を踏み出せないこともあります。
けれど、思い切ってやってみれば、
案外楽しいことだったり、新しい自分に出会えたりするものです。
普段の自分から、ほんの少し飛び出してみる。
それだけで、
今まで見えなかった世界が広がることもあるのでしょう。
私は今回、ハロウィンの仮装の歴史を調べながら、
そんなことまで考えさせられました。
そして、
あのスコットランドの小さな村の子どもたちの姿が、
いつまでも心に残っています。
立派な衣装などなくても、楽しむことはできる。
上手に歌えなくても、人を笑顔にすることはできる。
そして、普段は恥ずかしがり屋の子どもでも、
ほんの少し勇気を出せば、誰かの心を明るくすることができる。
もしかすると、
それが仮装という不思議な習慣の、もう一つの魅力なのかもしれません。
さて、ハロウィンの仮装について調べているうちに、
私はまた一つ、気になることが出てきました。
それは、魔女の姿です。
ハロウィンといえば、黒いとんがり帽子をかぶり、
ほうきにまたがって空を飛ぶ魔女。
誰もが知っている姿ですね。
ところが、考えてみれば、なぜ魔女はほうきに乗るのでしょう。
空を飛ぶのなら、鳥に乗ってもよさそうです。
馬に乗っても、何となく格好がつきそうです。
それなのに、なぜ、わざわざ掃除に使うほうきなのでしょうか。
実は、この何とも奇妙な姿にも、
古いヨーロッパの歴史や人々の想像力が関わっていました。
明日は番外編で、
この話に続く、、、、。