
EXECUTIVE BLOG
2026.1.22
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
昨日までは ダニエルイノウエから ハワイ移民の話しでした、、
このハワイに 日系人が経営している KZOOラジオと言う ラジオ局があります。
数年前 PTCの会議で ハワイに行った際に 現社長と知り合い
今でも交流を続けています、、、
今日は この KZOOラジオについて、、、
ハワイにあるKZOO Radioは、単なる日本語放送のラジオ局ではなく、
移民の歴史と地域社会の記憶を今に伝え続ける、
極めて特異な存在として今日まで歩みを重ねてきました。
戦後のハワイは、日系人が経済的には一定の地位を築きながらも、
文化や言語の継承という点では大きな課題を抱えていた時代でした。
二世・三世が英語社会に完全に溶け込む一方で、
一世の想いや日本語文化が急速に失われていく現実があり、
その「失われつつある声」をどう守るかが静かな問題意識として存在していました。
そうした中で、移民としてハワイに渡り、日系社会の中で生活を営んできた古谷昇は、
日本語という言語そのものが人と人をつなぎ、
世代を超えて心を結ぶ力を持つことを誰よりも実感していました。
新聞や回覧板では伝えきれない温度や抑揚、そして生活の匂いを届けられる手段として、
ラジオというメディアに着目したことが、KZOO誕生の原点となります。
1970年代、ハワイの放送業界において日本語専門局を立ち上げることは
決して容易な挑戦ではありませんでしたが、
KZOOは営利優先の放送局ではなく、
地域の声を預かり、循環させる公共的な装置として構想されました。
そのため番組内容は、音楽や娯楽にとどまらず、
日系人の生活情報、仏教や神社の行事案内、商店の声、家族の出来事、
さらには日本とハワイを結ぶニュースまで幅広く取り上げられ、
聴取者は「情報の受け手」であると同時に
「共同体の一員」として番組に参加する存在となっていきました。
KZOOの放送は、商品を売るための広告ではなく、
人となりを伝える語りを中心に据えた点に特徴があり、
スポンサーであっても一方的に宣伝するのではなく、
自らの言葉で背景や思いを語ることが求められました。
これによりラジオは単なるメディアではなく、信頼を媒介する場として機能し、
長年にわたり日系社会から厚い支持を受けることになります。
時代が進み、ハワイ社会が多民族化・多言語化する中でも、
KZOOは日本語放送を守り続ける一方で、
ハワイ全体に向けて
「日系人とは何者か」「移民の歴史がこの島に何をもたらしたのか」
を静かに発信し続けてきました。
現在のKZOOの使命は、過去を懐かしむためのノスタルジーに留まることではなく、
声を通じて人の尊厳や記憶を次世代につなぐことにあります。
高齢化が進む一世・二世の語りを記録し、
若い世代が自らのルーツを知るきっかけをつくり、
さらには日本から訪れる人々にとっても
ハワイの日系社会の奥行きを理解する窓口となっています。
インターネットやSNSが主流となった現代においても、
KZOOは「生の声」が持つ力を信じ、顔の見える放送、
人格が伝わる放送を守り続けています。
その姿は、情報を消費する時代から信頼を循環させる時代への一つの答えであり、
移民が築いた小さなラジオ局が、
半世紀近くにわたり地域社会の背骨として機能してきたこと自体が、
ハワイという土地の多様性と包容力を象徴していると言えるでしょう。