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社長&顧問ブログ

2024.4.6

葬式仏教

 

高光産業株式会社 妹尾八郎です

 

昨日からの続きです。

 

昨日までは 神社で葬式がないと言う話から

私の父の時が 多分 日本初のホテルでの お別れの会を催したと言う話でした。

 

ホテル側も いきなり お宅で 葬式代わりのお別れの会を行いたいと話した時に

前例がありませんので 対応に苦慮されたと思います。

ホテルからの要望は線香は使用しないでくれとでしたが

お寺の住職も読経をあげるわけでもなく 参列者の一人として来ていただきました。

 

住職さんからすれば 葬式は本番の腕の見せ所だと思いますので がっかりはされたと

思います。

 

私が知る限りでは お釈迦様は葬式は必要ないとの教えだったようですが

いつから 今のスタイルになったのでしょうか?

江戸時代は寺社奉行の管轄下に置かれていて

今で言う 役所の役目を果たしていたのがお寺でしたので 当時のお寺の権力は

かなりのものではなかったか? と思います。

日本の仏教が、ほぼほぼ「葬式仏教」として成り立っていると殆どの方が思っていると思います。

大前提として確認しておきたいのですが、

仏教は本来、死者を対象としたものではなかったはずです。

生きた人間のための教えだったはずですね、、、、。

 

先ほどの話に戻りますが

江戸幕府のもと、寺請証文と宗旨人別帳によってお寺と檀家を結びつける檀家制度が始まり、それに伴って、現在のお葬式に通じる形式が定着したと言われています。

 

檀家制度のもと、檀徒がキリシタンではないことを証明するために、お寺は寺請証文と宗旨人別帳を作り、それが戸籍簿にもなったのです。

更に庶民は、寺請証文がなければ、結婚はできなかったのです。

そして後には、お葬式や法事は自分のお寺で必ず頼むという掟も定められるようになったのです。

 

江戸幕府と お寺の関係が伺い知れますね、、、。

江戸時代も中期以後になりますと

「ご先祖様が関ヶ原の合戦で活躍したから」と言う風に

家の格を表すために先祖供養が重要になったのです。

 

つまり、立派なお葬式を行うことが、家の格を表すようになったと言う事です。

人々の意識が過去に向いて、今の自分たちの家柄や格の根拠をご先祖の事績に求めるようになると、家の格を示すために、派手で立派なお葬式が次々に行われるようになり、

そして、五十回忌、百回忌など年忌も増やして行き 簡単いうと先祖自慢を

行っていたのでは? と思う様なシステムを作り上げていったのです。

 

そういえば お盆に長岡市の 大花火大会を見に行った時

花火ごとに ○○家の花火ですと 紹介され おじいさまの供養の為に

打ち上げます なんてアナウンスが流れていましたが

 

これだと あっちの家が3発だからうちは5発うちあげようと 競争が

激しくなるのでは??? と思ってしまいます。

 

高いお金をかける事が供養になるとは思いませんね

残された家族が しっかり心の中で供養し続ける事が大事だと思います。

と言う事で 話が 仏教の話になってしまいました、

仏教を信じる者は葬式の時だけではなく まずは本質を学んでおくべきだと

思います。

 

で話が逸れてしまいましたが

 

靖国神社の話に戻らなければなりませんね

 

靖国神社の鳥居をみて おかしいと感じた方は 相当な神社通なかたです

 

それは 何故か?????

 

 

明日に続く、、、。

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https://takamitsu.com/

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