
EXECUTIVE BLOG
2026.7.19
高光産業株式会社
妹尾八郎です。
昨日は、
神社での「二礼二拍手一礼」の話しでした。
二度頭を下げることは、相手を敬う心。
二度手を打つことは、真心を届ける心。
そして最後の一礼は、感謝を伝える心でした。
大切なのは形ではなく、
その中に込められた真心であると言う話でした。
さて今日は、
神社へ行くと必ず目にする、太く力強い縄のお話です。
本殿の前や御神木、大きな岩などに巻かれている「注連縄」です。
皆様も一度はご覧になったことがあるでしょう。
では、なぜ神社には縄が張られているのでしょうか。
実は、この一本の縄には、
日本人が古くから大切にしてきた「けじめ」の心が込められています。
注連縄の歴史はとても古く、日本神話にまでさかのぼります。
有名な「天岩戸」のお話をご存じでしょうか。
太陽を司る天照大御神が岩戸にお隠れになり、世界は闇に包まれてしまいました。
ようやく岩戸からお出ましになられた時、再び中へ戻られないように、
岩戸の前に一本の縄を張ったと伝えられています。
これが注連縄の始まりとされる説の一つです。
つまり注連縄は、
「ここから先は特別な場所ですよ。」
という目印だったのです。
しかし、私はもう一つ大切な意味があるように思います。
それは、
「ここから心を切り替えましょう」という合図です。
私たちの人生にも、さまざまな境界があります。
家を出る時。会社へ入る時。学校へ行く時。仕事に向き合う時間。
その場その場で気持ちを切り替えることができれば、
毎日はもっと充実したものになります。
ところが現代は、
仕事のことを家まで持ち帰り、休んでいても仕事のメールが気になり、
食事中もスマートフォンから目が離せない時代です。
心を切り替える時間が少なくなっています。
だからこそ、神社の注連縄は静かに語りかけているようです。
「ここから先は、少し心を休ませませんか。」
「慌ただしい毎日を、一度ここで区切りませんか。」
そんな優しい声が聞こえてくるようです。
日本には「けじめをつける」という美しい言葉があります。
仕事は仕事。休む時は休む。話す時は話す。
聞く時は聞く。遊ぶ時は思い切り遊ぶ。学ぶ時は真剣に学ぶ。
この切り替えができる人ほど、人生を豊かに生きているように思います。
けじめがあるから集中できます。
けじめがあるから感謝できます。
けじめがあるから、次の一歩を気持ちよく踏み出せます。
また、注連縄には白い紙が垂れ下がっています。
これは「紙垂」と呼ばれています。
稲妻の形にも見えますが、
昔の人は稲妻を天からの力の象徴と考えていました。
自然の力に畏敬の念を抱き、その恵みに感謝する気持ちが、
この紙垂にも込められています。
自然を敬う。人を敬う。そして自分自身も大切にする。
そのすべてが、一本の縄の中に表されているのです。
考えてみれば、人間関係にも注連縄は必要なのかもしれません。
相手に踏み込み過ぎない。相手の立場を尊重する。
言ってよいことと、言わない方がよいことを見極める。
そこにも「けじめ」がありますね。
けじめとは、人との距離を作ることではありません。
お互いを大切にするための境界線なのだと思います。
だからこそ、人は安心して付き合うことができます。
次に神社へ行かれた時には、ぜひ注連縄を見上げてみてください。
「神様の場所だから。」
もちろん、それも大切な意味です。
でも、それだけではありません。
注連縄は、私たちにこう語りかけています。
「忙しい毎日の中でも、一度立ち止まりなさい。」
「心を整え、新しい気持ちで歩き始めなさい。」
人生は、ただ走り続けるだけでは疲れてしまいます。
時には立ち止まり、気持ちを切り替え、
自分自身を見つめ直す時間が必要です。
その「けじめ」があるからこそ、
人はまた前向きに歩き出すことができるのでしょう。
さて、
明日は神社に 何故アレを奉納するのか????
の話に続く、、、。