
EXECUTIVE BLOG
2026.8.16
高光産業株式会社
妹尾八郎です
昨日までは お盆に関する話でした、、。
そして昨日、8月15日は「終戦の日」でした、、、。
昭和20年、1945年8月15日は
日本にとって、長く苦しい戦争が終わった日です。
今日は この話に進みます、、、、。
戦後81年という歳月が流れました。
81年という年月を考えると、
戦争を実際に体験された方々から直接お話を聞くことのできる機会も、
少しずつ少なくなっています。
だからこそ今、
私たちは立ち止まって考えてみる必要があるのではないでしょうか。
私たちは、あの時代を生きた人たちから、
いったい何を受け取って今日を生きているのだろう???。
戦争で失われたものは、数字だけでは表すことができません。
亡くなった一人ひとりに名前がありました。
家族がありました。
帰りを待っている人がいました。
「ただいま」と言いたかった家がありました。
子どもの成長を見届けたかった父親もいたでしょう。
もう一度、息子の顔を見たかった母親もいたでしょう。
好きな人と家庭を築きたかった若者もいたでしょう。
まだまだ生きたかった。
もっと笑いたかった。
もっと家族と一緒にいたかった。
そんな数え切れない人生が、戦争によって途中で断ち切られました。
私たちは「戦争」という大きな言葉で歴史を見てしまいがちですが、
その向こう側にあったのは、一人ひとりの普通の暮らしだったのです。
そして、忘れてはならないことがあります。
8月15日に戦争が終わったからといって、
翌日から平和で豊かな生活が始まったわけではありません。
焼け野原になった町。
食べるものも十分にない暮らし。
住む家を失った人。
家族を失った人。
戦地から帰ってこない人を待ち続けた家族。
そんな中から、日本はもう一度立ち上がりました。
私たちの父母、祖父母、そしてその前の世代の方々が、
「子どもたちには同じ思いをさせたくない」
「次の世代には、もっと良い世の中を残したい」
そう願いながら懸命に働き、家庭を守り、町をつくり、社会を築いてくださったのです。
だから、今朝も蛇口をひねれば水が出る。
電気がつく。食事ができる。学校へ行ける。仕事ができる。
朝は「おはよう」と言える。
夜になれば、安心して眠ることができる。
私たちにとっては何でもない一日の風景です。
しかし、
81年前の日本を生きていた人たちがこの光景を見たなら、
どう思われるでしょう???。
もしかすると、
「こんな国になってくれたのか」
と、静かに喜んでくださるのではないでしょうか。
私たちは時々、無いものばかりを数えてしまいます。
もっとお金があれば。
もっと仕事がうまくいけば。
もっと良い家だったら。
もっと健康だったら。
もっと自分を認めてもらえたら。
もちろん、
人生には悩みがあります。
苦しいこともあります。
しかし終戦の日は、私たちに一つの大切なことを思い出させてくれます。
「今、自分が持っているものを、もう一度見つめてみなさい」
ということです。
今日も命がある。帰る場所がある。大切な人がいる。
自由に考えることができる。自分の人生を自分で選ぶことができる。
そして何より、
空から爆弾が落ちてくることを心配せずに朝を迎えることができる。
これほど大きな有難さがあるでしょうか。
平和とは、特別なものではありません。
仕事帰りに見る夕焼け。友人との何気ない会話。
「また明日」と言って別れること。
そして翌日、本当にまた会えること。
そんな当たり前の一日の積み重ねこそが、平和なのだと思います。
だからこそ、
平和は失ってから有難さに気づくものであってはいけません。
あるうちに、その有難さを知る。
それが、終戦の日を迎える私たちにとって、
とても大切なことではないでしょうか。
昨日の8月15日。
私は、戦争で亡くなられた方々だけでなく、
その後の日本を懸命に生き抜き、
今日までこの国をつないでくださったすべての方々に
思いを馳せたいと思います。
私たちが今日を生きているのは、自分一人の力だけではありません。
数え切れない人たちが生き、働き、耐え、守り
、次の世代へと命のバトンを渡してくださった、
その先に私たちの「今日」があります。
そう考えると、
今日という一日を粗末にはできない。
そんな気持ちになります。
戦争を知らない世代が増えていくことは、平和が続いてきた証でもあります。
それは、とても喜ばしいことです。
しかし、
戦争を知らないことと、戦争を忘れることは違います。
私たちは、
あの日の悲しみを背負って生きるために歴史を知るのではありません。
二度と同じ悲しみを繰り返さないために知るのです。
そして、
今ある平和の有難さを知り、今日を大切に生きるために知るのです。
終戦から81年。
私たちが受け取ったものは、豊かな社会だけではありません。
それは、
「どうか、この平和を次の世代へ渡してほしい」
という、
あの時代を生きた人々からの願いなのかもしれません。
では、
その平和を私たちはどのように次の世代へ
手渡していけばよいのでしょうか??。
その話しは
明日へ続く、、、。