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社長&顧問ブログ

2026.8.15

送り火

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

 

昨日までは お盆の入りから中日の話しでした、、、。

 

8月13日の「お盆の入り」には、迎え火を灯して、

「おかえりなさい。」

という心で、大切な方々をお迎えしました。

そして中日には、懐かしい人を思い出し、

「あなたからいただいたものは、今も私の中に生きています。」

という話でした、、、、。

 

そして8月15日。

今日は「送り火」の日です。

 

お盆の間、私たちのもとへ帰ってこられたご先祖や大切な方々を、

再び送り出す日とされています。

 

夕暮れ時に火を灯し、その灯りを道しるべにお見送りする。

 

地域によって形はさまざまですが、

日本では古くから大切に受け継がれてきた風習です。

 

迎え火が、

「こちらですよ。」とお迎えする灯りなら、

 

送り火は、

「ありがとうございました。また来年。」とお見送りする灯りなのです。

 

私は、

この「送り火」という言葉に、

とても日本人らしい優しさを感じます。

 

ただ火を消して終わるのではありません。

最後まで見送るのです。

 

大切なお客様が帰られる時、玄関先まで出て、

「お気をつけて。」

と、その後ろ姿を見送る。

 

駅まで送る。

 

車が見えなくなるまで手を振る。

 

人を大切に思えばこそ、私たちは最後まで見送ります。

 

送り火にも、そんな心が込められているのではないでしょうか。

 

けれども、

お見送りというものは、どこか寂しいものです。

楽しい時間ほど、終わりが来ると寂しく感じます。

 

もっと話したかった。

もっと一緒にいたかった。

あの時、もっと優しくしておけばよかった。

あの一言を伝えておけばよかった。

 

亡くなった方を思い出す時、そんな気持ちになることもあります。

 

人には、どうしても「心残り」があります。

完璧なお別れなど、なかなかできるものではありません。

 

だからこそ私は、お盆という時間が毎年巡ってくることには、

大きな意味があるように思います。

 

言えなかった「ありがとう」を伝える。

言えなかった「ごめんなさい」を伝える。

 

そして、

「私は元気にやっています。どうぞ安心してください。」

と心の中で報告する。

 

それでよいのではないでしょうか。

 

過去を変えることはできません。

けれども、

過去からいただいたものを、これからの生き方に生かすことはできます。

 

父や母からいただいた優しさがあるなら、今度は自分が誰かに優しくする。

祖父母から教えてもらったことがあるなら、子や孫へ伝える。

助けてもらったことがあるなら、今度は困っている誰かの力になる。

 

そうすれば、いただいたものは自分のところで終わりません。

 

次の人へ渡っていきます。

そして、その次の人へ。

 

私は、それこそが本当の意味で、

「命をつなぐ」

ということなのではないかと思います。

 

送り火を見ながら、こんなことを考えてみてください。

 

もし、今日お見送りする大切な方が、

最後に一言だけ私たちへ声を掛けてくださるとしたら、

何と言われるでしょうか??。

 

「もっと頑張りなさい。」

でしょうか。

「もっと立派になりなさい。」

でしょうか。

 

私は、きっともっと優しい言葉なのではないかと思います。

 

「元気でな。」

「仲間を大切にな。」

「仲良く暮らしなさい。」

「また来年、会おうな。」

 

そんな言葉ではないでしょうか。

 

そう考えると、送り火は決して悲しいだけの火ではありません。

明日から、またしっかり生きていくための灯りでもあるのです。

 

お盆が終われば、いつもの生活に戻ります。

仕事が始まります。学校が始まります。忙しい毎日が戻ってきます。

 

けれども、お盆の前と後で、一つだけ違っていてほしいものがあります。

 

それは、

「当たり前だと思っていたものへの感謝」

です。

 

元気に朝を迎えられること。

仕事ができること。

誰かと笑えること。

「また明日」と言えること。

 

その一つひとつは、本当は決して当たり前ではありません。

 

だからこそ、

今日を大切にする。

目の前の人を大切にする。

言えるうちに「ありがとう」と伝える。

会えるうちに会う。

笑える時に、一緒に笑う。

 

お盆で本当に教えていただくことは、亡くなった方のことだけではなく、

「今、生きている人を大切にしなさい。」

ということなのかもしれません。

 

やがて送り火の炎は、小さくなっていきます。

そして静かに消えていきます。

 

けれども、

火が消えたからといって、すべてが終わるわけではありません。

 

迎え火で灯した感謝。

中日に思い出した懐かしい記憶。

そして送り火で伝えた「ありがとう」。

 

その灯りは今度は、私たち自身の心の中に残ります。

 

だから、お盆の最後は、

「さようなら。」

ではなく、

「ありがとう。また来年。」

でよいのではないでしょうか。

 

そして、もう一言。

「それまで私も、いただいた命を大切に、精一杯生きていきます。」

 

そう心の中で伝えて、お見送りしたいものです。

 

迎え火は、大切な人が帰ってくる道を照らす灯りでした。

 

そして送り火は、大切な人が帰っていく道を照らす灯りです。

 

しかし本当は、そのどちらの灯りも、

今を生きている私たちが、

これから歩いていく道を照らしてくれているのかもしれません。

 

三日間のお盆を通して、最後に残るもの。

それは、寂しさではありません。

「ありがとう」という感謝です。

命をつないでくださったことに、ありがとう。

育ててくださったことに、ありがとう。

たくさんの思い出を残してくださったことに、ありがとう。

そして、今日こうして生きていることに、ありがとう。

 

送り火とは、

大切な人との別れの火ではありません。

 

いただいた愛情を胸に、

「さあ、明日からまた大切に生きよう」と、

私たち自身が新しい一歩を踏み出すための灯りなのだと思います、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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