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社長&顧問ブログ

2026.8.30

昔を忘れない場所

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

昨日までは、

平将門の首が京都から関東へ飛んできたという、

不思議な伝説についての話しでした、、。

 

もちろん、

首が空を飛んだことを史実として考えることはできません。

けれど私は、

その話を単なる怪談として片づける気にはなれませんでした。

 

なぜなら、その伝説の奥には、

「故郷へ帰してあげたい」

という、人々の思いがあったのではないかと感じたからです。

 

ところが、

将門塚についてさらに調べていくと、

今度は少し違った話が次々と出てきました。

 

「将門塚を粗末に扱ってはいけない」

「動かそうとすると良くないことが起こる」

 

いわゆる、

「平将門の祟り」

と呼ばれる話です。

 

何にでも興味を持ってしまう私は、当然ここでも思いました。

本当にそんなことがあったのだろうか?

 

平将門が亡くなったのは940年です。

それから千年以上。

将門をめぐっては、様々な伝説や言い伝えが生まれてきました。

 

中でも有名なのが、

東京・大手町の将門塚を粗末に扱うと災いが起こる、

という話です。

 

現在の私たちは「祟り」と聞くと、

少し怖い怪談のように感じます。

 

しかし昔の日本人にとって、

「祟り」という考え方は、

今とは少し違った意味を持っていたのではないでしょうか。

 

強い思いを残して亡くなった人。

 

理不尽な最期を迎えた人。

非業の死を遂げた人。

そうした人々を忘れず、丁重に慰める。

 

恐れるだけではなく、

敬い、鎮め、忘れない。

日本には、そういう考え方が古くからありました。

 

将門塚について語られる近代の逸話の一つに、

関東大震災後の出来事があります。

 

1923年、東京は関東大震災によって大きな被害を受けました。

 

大手町周辺も例外ではありません。

その後、復興のための工事が進められ、

当時この周辺にあった大蔵省の施設整備などに伴って、

将門塚の場所も大きな変化を受けたとされています。

 

そして、その後に関係者の死や事故などが相次いだことから、

「将門の祟りではないか」

という噂が広まったのです。

 

こうした話が、今日まで語り継がれています。

 

ただし、ここは大切なところです。

起きた出来事と、

それが「将門の祟りによるものだった」という解釈は、

分けて考えなければなりません。

 

偶然だったのかもしれません。

後の時代に話が膨らんだ部分もあるでしょう。

 

私には、

それを「祟りだった」と断定することはできません。

 

しかし、私が興味を持ったのは別のところでした。

 

もし単なる迷信なら、

「そんなものは関係ない」

と、そのまま工事を続ければよかったはずです。

 

しかし人々は、将門の存在を無視し続けることはしませんでした。

慰霊し、塚を整え、大切に守っていく。

そして現在も、

大手町という日本有数のビジネス街の中に将門塚は残っています。

 

私はここで、

「祟りがあったかどうかより、こちらの方が大切なのではないか」

と思いました。

 

人々が、

「これは粗末にしてはいけない」と考え直したことです。

 

私たちは怖いものには近づきません。

しかし、

敬うものには頭を下げます。

 

この二つは似ているようで、まったく違います。

 

もし将門塚が「怖いから触らない場所」というだけなら、

千年以上も花を供え、手を合わせ、大切に守る必要はありません。

 

そこにはいつしか、

恐れを超えた「敬い」が生まれていったのではないでしょうか。

 

私は、将門塚の前に立った時のことを思い出しました。

そこには、おどろおどろしい雰囲気はありませんでした。

 

高層ビルに囲まれながら、静かにそこにある。

そして人が訪れ、手を合わせて帰っていく。

 

私にはむしろ、

「ここにいた人を忘れないでください」

と静かに語りかけている場所のように感じられました。

 

考えてみれば、私たちの毎日の生活も同じです。

今、

自分が仕事をできている。会社が続いている。安心して暮らしている。

 

それらは、すべて自分一人の力で出来上がったものではありません。

会社なら、創業した人がいる。

苦しい時代を支えた人がいる。

名前も知らない社員がいる。

取引先がいる。

私たちは普段、その一人一人の名前を意識することはありません。

 

しかし、

今、自分が立っている場所は、誰かが残してくれた場所なのです。

 

私自身、仕事では新しいことを考えるのが好きです。

誰もやっていないことを考えたい。

新しい仕組みを作りたい。

新しい時代をつくりたい。

そんなことばかり考えてきました。

 

けれど将門塚の前に立って、少し考えさせられました。

 

新しいものをつくるために、

古いものを全部捨てればよいわけではない。

過去を壊して初めて未来が生まれるのではありません。

過去から受け取るべきものを受け取り、

その上に新しいものを積み上げていく。

 

それもまた「前進」なのだと思います。

 

これは将門塚だけの話ではありません。

 

私たちは時々、

「古いから」「役に立たないから」「効率が悪いから」「邪魔だから」

という理由で、簡単に何かを捨てようとします。

もちろん、時代に合わせて変えなければならないものはあります。

 

しかしその前に、一度だけ立ち止まって、

「なぜ、これは今日まで残されてきたのだろう」

と考えてみる。

 

そこには、

自分が知らなかった誰かの苦労や願いが隠れているかもしれません。

 

将門塚も、そうなのではないでしょうか。

将門の祟りは本当にあったのかは、

私は分かりません。

 

そして、

分からないものを分かったように書くつもりもありません。

 

しかし今回調べながら、私は一つだけ思いました。

 

本当に怖いのは、

「祟り」そのものではないのかもしれません。

 

自分たちが今日まで受けてきたものを、

当たり前だと思って忘れてしまうこと。

 

人から受けた恩を忘れる。先人の苦労を忘れる。歴史を忘れる。

そして、

「今あるものは全部、自分たちが作った」

と思い始める。

 

もしかすると、

人間にとってはこちらの方が怖いことなのではないでしょうか。

 

東京・大手町。

日本を代表する企業が集まり、

巨大な資本が動き、最新の情報が世界中を駆け巡っています。

 

その中心に、

 

千年以上前に亡くなった一人の男を偲ぶ、小さな場所がある。

考えれば考えるほど、不思議な光景です。

 

でも今の私は、

最初に将門塚を見た時とは少し違う見方をしています。

 

あの場所は、

 

「昔を恐れる場所」ではなく、

「昔を忘れない場所」なのかもしれない。

そう思うようになりました。

 

そして、もう一つ気になることが出てきました。

平将門は朝廷に背いた人物とされたはずです。

 

それなのに後の時代になると、将門は単に慰霊されるだけではなく、

「神様」として祀られるようになります。

 

しかも、その舞台となったのは、

江戸の総鎮守として知られる神田明神です。

 

逆賊とされた男が、なぜ神様になったのでしょう。

ここにも、また大きな「なぜ?」があります。

 

何にでも興味を持ってしまう私としては、

もう調べないわけにはいきません。

 

明日はこの話に続く、、、、。

 

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/

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