
EXECUTIVE BLOG
2026.9.1
高光産業株式会社
妹尾八郎です
昨日までは、
平将門についてでした。
東京・大手町で偶然目にした「将門塚」。
最初は、
「なぜ、東京のど真ん中に千年以上前の人物の塚が残っているのだろう?」
という、ほんの小さな疑問でした。
ところが調べ始めると、次から次へと「なぜ?」が出てきます。
将門とは何者だったのか。
なぜ首塚の伝説が生まれたのか。
なぜ祟りが語られたのか。
そして、
なぜ逆賊とされた人物が神様として祀られるようになったのか。
私は昔から、一つ気になると、その先まで知りたくなります。
そして今回は、
とうとう将門の「敵」にまで興味を持ってしまいました。
平将門を討った人物の一人、藤原秀郷。
「俵藤太」とも呼ばれる武将です。
私はここで、また考えました。
将門の側からばかり、この物語を見てきた。
では、
将門と戦った側から見た景色は、どんなものだったのだろう。
天慶3年、西暦940年。
関東で大きな勢力を持つようになった平将門に対し、
朝廷は討伐を進めます。
そこで大きな役割を果たしたのが、
平貞盛と藤原秀郷でした。
戦いの末、将門は討たれます。
将門から見れば、
秀郷は自分の人生を終わらせた「敵」です。
では藤原秀郷は、悪人だったのでしょうか。
当然、
そんなに簡単な話ではありません。
秀郷には秀郷の立場があり、
守ろうとしたものがあり、
自分なりの判断があったはずです。
ここで私は、前に考えたことを思い出しました。
歴史は、立つ場所を変えると景色が変わると言う事です。
物語には主人公がいます。
主人公がいれば、
その前に立ちはだかる人間は「敵」になります。
映画でも小説でも同じです。
主人公を応援している私たちは、敵が現れれば、
「なんて嫌な奴だ」
と思います。
しかし、
その物語を敵の側から描いたらどうなるでしょう。
もしかすると、
主人公と敵が入れ替わってしまうかもしれません。
平将門の物語を読めば、藤原秀郷は将門を討った男です。
しかし藤原秀郷の人生を描けば、
将門こそが、彼の前に立ちはだかった大きな相手になります。
同じ出来事なのに、
どちら側から見るかによって物語が変わる。
私はここに、
人間関係の難しさと面白さがあると思います。
これは千年以上前の戦の話だけではありません。
私たちの日常でも同じです。
仕事をしていれば意見がぶつかることがあります。
「どうして分かってくれないのだろう」
「あの人さえ賛成してくれれば」
「あの人が邪魔をするからうまくいかない」
そんなふうに思うこともあるでしょう。
私自身も、長く仕事をしてきましたから、
意見が合わない人に出会うことは当然ありました。
しかし年齢を重ねるほど、
一つ考えるようになりました。
「相手から見たら、私はどう見えているのだろう」
ということです。
こちらには、こちらの正義があります。
でも相手にも、相手の正義があります。
こちらには守りたいものがある。
相手にも守りたいものがある。
そう考えるだけで、
「敵」という言葉の意味が少し変わってくるような気がします。
人生を振り返ってみると、不思議なものです。
自分に賛成してくれた人だけから学んだわけではありません。
反対されたから、もう一度考えた。
批判されたから、足りないところに気づいた。
負けたから、もっと努力した。
断られたから、別の方法を考えた。
そういう経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
その時は腹が立った相手でも、
何年かたって振り返ると、
「あの人がいたから今の自分がある」
と思うことがあります。
自分の前に壁を作った人が、
実は自分を一段高いところへ押し上げてくれた。
そんなこともあるのです。
そう考えると、
人生における「敵」とは、
必ずしも自分を不幸にする人ではないのかもしれません。
平将門は討たれました。
藤原秀郷は将門討伐の功績によって名を上げ、
その子孫は各地へ広がっていったとされています。
一方、
敗れた将門も忘れられませんでした。
将門塚が残り、神田明神に祀られ、
千年以上たった今も、その名前が語られています。
面白いと思いませんか。
勝った秀郷も歴史に残った。
負けた将門も歴史に残った。
勝者だけが残ったわけではないのです。
二人とも、それぞれの形で千年後まで名前を残しました。
私はそこに、とても大切なものを感じます。
人生というものは、
その瞬間の勝ち負けだけでは決まらないのだと思います。
仕事でも人生でも、思い通りにならない日はあります。
商談に負ける。試験に落ちる。企画が通らない。
信じていたことが評価されない。一生懸命やっても結果が出ない。
その瞬間だけ見れば、
「負けた」
と思うでしょう。
しかし人生は、その日で終わりではありません。
その負けから何を学んだのか???。
その悔しさを次にどう生かしたのか???。
そして、
その経験によって、どんな人間になったのか。
本当の勝負は、そこからなのだと思います。
将門の人生を940年だけで見れば、敗者です。
しかし千年以上たった今も、多くの人がその名を知っています。
歴史は、
「今日の結果だけで人生を決めるな」
と教えてくれているような気がします。
若い頃は、
勝つことが強さだと思っていました。
競争に勝つ。相手より上へ行く。自分の意見を通す。
もちろん、勝たなければならない時もあります。
しかし、
年齢を重ねるにつれて、
私は少し違うことを思うようになりました。
相手を認めることのできる人も、強い人なのではないか。
自分と違う意見を聞ける。
自分に反対する人の事情を考えられる。
そして、
「あの人には、あの人の考えがある」
と思える。
それには、案外大きな心が必要です。
相手を打ち負かすより難しいことかもしれません。
私たちは人生で、たくさんの人と出会います。
助けてくれる人。応援してくれる人。一緒に笑ってくれる人。
そして時には、
反対する人。
厳しいことを言う人。自分の前に立ちはだかる人。
その時には分からなくても、
後になって考えると、
どの人との出会いにも意味があった
と思えることがあります。
味方からは、勇気をもらう。
敵からは、強さをもらう。
失敗からは、知恵をもらう。
そして人は、少しずつ成長していく。
そう考えれば、
自分に反対する人を簡単に「敵」と決めつけるのは、
少しもったいないのかもしれません。
東京・大手町で将門塚を見つけ、
「これは何だろう」
と思ったところから始まった今回の話。
将門について調べていたはずなのに、
とうとう将門を討った藤原秀郷にまで来てしまいました。
何にでも興味を持つ私らしいと言えば、それまでですが、
私はこういう寄り道が大好きです。
なぜなら、
一つの「なぜ?」の向こうには、
必ず次の世界があるからです。
そして藤原秀郷を調べていると、
また、とんでもない話を見つけてしまいました。
将門を討ったほどの武将ですから、それだけでも十分な人物なのですが、
後世の伝説では、
なんと!!!!!
?????
の話しは 明日へ続く、、、、。