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社長&顧問ブログ

2026.9.7

まだ誰もやっていないことを考えるところから、発明は始まった

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

昨日までは 将門伝説に関するはなしでした。

 

今日からは話題を変えて

私が取得した特許の数々の話しと拝啓の話になります、、、。

 

今から約20年前のことです。

まだスマートフォンもLINEもなく、

今のようにSNSで簡単に人と人がつながる時代ではありませんでした。

 

そして、現在ほど「個人情報をどう守るか」という意識や仕組みが、

社会の隅々まで定着していた時代でもありません。

 

そんな頃、私は一つのことを考えていました。

 

「相手のメールアドレスを知らなくても、電子メールのように情報を届けることはできないだろうか」

 

今でこそ、いろいろなサービスがあります。

しかし当時、私が考えていたのは、

まだ世の中に前例のない仕組みでした。

 

私は昔から、すでに誰かがやっていることより、

「まだ誰もやっていないことはできないだろうか」

と考えることが好きでした。

 

前例がない。成功事例もない。だから、できない。

普通はそう考えるのかもしれません。

 

しかし私は逆に、

「前例がないからこそ、考える価値があるのではないか」

と思っていました。

 

そして、このアイデアを単なる思いつきで終わらせず、

仕組みとして考え、最終的には特許まで取得しました。

 

当時、電子メールが急速に普及していました。

しかし、電子メールには当たり前のようで大きな前提があります。

相手のメールアドレスを知らなければ送れない。

 

考えてみれば不思議です。

手紙なら、相手の住所と名前を知っていれば届けられます。

 

ところが電子メールになると、

「メールアドレスを教えてください」

と相手に聞かなければならない。

 

そこで私は考えました。

住所と名前から、システム側で相手を特定し、

登録された電子的な宛先へ届ければいいのではないか。

 

送り手には、相手のメールアドレスそのものを教えなくてもいい。

受け取る人も、自分のメールアドレスを送り手に公開する必要がない。

つまり、

「連絡は取れる。しかし連絡先そのものは教えない」

という考え方です。

 

私が取得した特許には、この基本的な仕組みが盛り込まれています。

 

住所と氏名をデータベースと照合し、

登録されている電子メールアドレスを取得して電子データを送るという仕組みです。

 

さらに明細書には、送信者が入力した住所・氏名を電子メールアドレスに変換し、

送信者が相手のメールアドレスを知らなくても

データを送信できるという考え方まで明確に書いてあります。

 

今読み返してみると、私は当時、

「個人情報を公開すること」と「人と人がつながること」を分離できないか

と考えていたのだと思います。

 

この仕組みを考えているうちに、私は学校という存在に目を向けました。

 

学校というところは不思議です。

入学した瞬間から、人と人をつなぐための仕組みがたくさんあります。

学校名があります。学年があります。クラスがあります。

出席番号があります。

そして、学籍番号があります。

 

在学中は毎日のように顔を合わせていますから、

こんなものを特別な「人をつなぐ仕組み」だとは誰も考えません。

 

ところが卒業した瞬間、状況が一変します。

「また会おう」「ずっと連絡を取り合おう」

そう言って卒業した友人でも、

10年、20年、30年と経てば、いつの間にか連絡が取れなくなります。

 

現在ならLINEやSNSがありますが、

それもアカウントを知らなければ連絡できません。

しかも、昔の同級生全員に自分の電話番号やメールアドレス、

LINEなどを公開したいとは限りません。

 

「あの人とはもう一度話したい。でも自分の連絡先を広く公開したいわけではない」

この気持ちは、決して矛盾していないと思うのです。

昔の卒業アルバムを開くと、卒業生の住所などが載っているものがありました。

「あいつ、どうしているかな」

と思えば、アルバムを調べることもできた。

 

しかし社会は変わりました。

個人情報を守ることの重要性が広く認識されるようになり、

住所や電話番号などを多くの人が見られる形で掲載することには慎重になりました。

 

これは当然のことです。

 

しかし、ここで一つ別の問題が生まれます。

個人情報を守ろうとすればするほど、

昔の友人と再びつながる方法まで失われてしまう。

 

個人情報を守ることと、人との縁を守ること。

果たして、この二つは両立できないのでしょうか。

私は、「できるはずだ」と考えました。

 

そして、考えていくうちに、もう一つ大きなことに気がつきました。

 

失われているのは、友人との連絡だけではありません。

卒業生と母校との接点も失われているのです。

 

皆さんは、

卒業してから母校のホームページを何回見たでしょうか。

毎月見ている人は、かなり少ないと思います。

 

卒業して以来、一度も見たことがないという人もいるでしょう。

 

学校は一生懸命情報を発信しています。

新しい校舎ができた。創立100周年を迎えた。後輩が全国大会に出場した。

素晴らしい研究成果が生まれた。奨学金制度を充実させたい。

校舎建て替えのために寄付をお願いしたい。

 

しかし、

卒業生が学校のホームページを見ていなければ、その情報は届きません。

寄付をお願いしたくても、

お願いそのものを卒業生が見ていない。

これでは、いくら立派なホームページを作っても十分ではありません。

 

私はここでも、発想を逆にしました。

「卒業生に学校のホームページを見てもらうにはどうするか」

ではなく、

「卒業生が、自分から学校のホームページへ行きたくなる理由を作ればいい」

と考えたのです。

 

卒業して何十年経っても、人の心に残るものがあります。

「あいつ、どうしているかな」「高校時代の友人に久しぶりに連絡したい」

「昔の先輩にもう一度会いたい」「恩師にお礼を伝えたい」

 

そんな時に、

まず母校のサイトへ行く。

そこで昔の仲間に連絡できるとしたらどうでしょう。

 

友人に連絡するために学校のサイトへ行く。

そこで母校のニュースを見る。後輩たちの活躍を知る。

懐かしい校舎を見る。学校が今何を必要としているのかを知る。

そして、また母校を思い出す。

 

学校から、

「母校を忘れないでください」

と言い続けるのではありません。

 

人と人との縁が、自然に母校との縁をつないでくれる。

私は、そんな仕組みができるのではないかと考えたのです。

 

しかし問題があります。

友人と連絡を取るために、再び住所録を公開したのでは意味がありません。

 

メールアドレスを公開するのでもない。電話番号でもない。

今ならLINE IDでもない。

個人の連絡先を相手に公開せず、

それでも相手を特定して連絡できるものはないだろうか。

 

そこで私は、

学校に昔から存在している、あるものに目を付けました。

 

住所は変わります。

 

電話番号も変わります。メールアドレスも変わります。

時代が変われば、使う通信サービスそのものも変わります。

 

しかし、

その学校に在籍していたという記録は残ります。

そして学校には、一人ひとりを識別するための番号があります。

 

それが、「学籍番号」です。

 

私は思いました。

これを「人と人を一生つなぐ鍵」にできないだろうか。

 

もし、それができれば、

「個人情報を公開しないと連絡できない」

という常識そのものを変えられるかもしれない。

しかも、

人と人が連絡を取り合うたびに、母校との接点も生まれる。

 

そして一つの学校だけでなく、多くの学校がこの仕組みでつながったら。

 

約20年前、私はそんなことを考えていました。

 

当時は前例のない発想でした。

しかし、だからこそ私は特許という形に残しました。

そして約20年が経ち、個人情報を守ることがこれほど重要になった今、

改めて考えてみると、

もしかすると、この発明が本当に必要とされるのは、

これからなのではないか。

 

そんな気がしています。

 

明日は、

 

「なぜ学籍番号なのか?」の話に

続く、、、。

高光産業株式会社 公式サイト

https://takamitsu.com/