EXECUTIVE BLOG

社長&顧問ブログ

2026.9.16

そして未来へ

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

一人の男性のもとに、一通のメッセージが届きます。

差出人の名前を見て、一瞬、手が止まります。

 

そこには、

もう何十年も見ていなかった名前がありました。

高校時代の同級生です。

 

メッセージには、たった一言。「久しぶり。元気にしているか?」

それだけです。

しかし、その一言を見た瞬間、

数十年という時間が、一気に消えていきます。

 

昨日の昼に何を食べたのかは思い出せないのに、

数十年前のことを鮮明に覚えていることがあります。

 

友人と笑った教室。放課後の校庭。先生に叱られたこと。

文化祭。修学旅行。部活動。将来の夢を語ったこと。

 

そして、何の根拠もないのに、「自分には何でもできる」

と思っていた、若かった自分。

 

メッセージを送ってきた友人の顔も思い出します。

「そういえば、あいつとは毎日のように一緒にいたな」

と思う。

 

しかし卒業後、進学し、就職し、仕事に追われ、

それぞれの人生を歩くうちに、

いつの間にか連絡が途絶えていた。

 

嫌いになったわけではありません。喧嘩をしたわけでもありません。

ただ、

人生という長い時間の中で、少しずつ離れていっただけなのです。

 

「あいつ、どうしているかな」

と思ったことは、何度もあったかもしれません。

しかし、

住所が分からない。電話番号も分からない。メールアドレスも知らない。

共通の友人とも連絡が取れない。

 

そのうち、「まあ、いつか」と思う。

 

その「いつか」が、

10年になり、20年になり、30年になり、

気がつけば数十年が過ぎている。

 

人との縁というものは、

切ろうと思って切れるものばかりではありません。

 

むしろ多くの場合、つなぎ直す方法がないまま、時間だけが過ぎていく。

私は、そこを何とかできないだろうかと思ったのです

 

 

この10回のブログでの話は、

約20年前の一つの疑問から始まりました。

 

「相手のメールアドレスを知らなくても、情報を届けることはできないだろうか」

当時としては、前例のほとんどない発想でした。

 

今ほど個人情報を守るという考え方が、

社会の隅々まで定着していた時代でもありません。

 

それでも私は、

相手の連絡先を知らなければ連絡できないという

仕組みそのものを変えられないかと考えました。

 

そして、単なる思いつきで終わらせず、

 

仕組みとして考え、特許という形に残しました。

 

しかし、20年経った今、改めて考えてみると、

私が本当に残したかったものは、

メールを送る技術ではなかったのかもしれません。

 

住所は変わります。電話番号も変わります。

メールアドレスも変わります。通信サービスも変わります。

これから20年後には、

今とは全く違う方法で人と連絡を取っているかもしれません。

 

しかし、「昔の友人にもう一度会いたい」

という気持ちは、100年前の人にもあったでしょうし、

100年後の人にもあるのではないでしょうか。

 

技術は変わる。時代も変わる。

しかし、

人が人を懐かしく思う気持ちは、変わらない。

 

だったら、

変わっていく「連絡先」ではなく、

変わらない「縁」を残す方法を考えればいい。

 

そこで私は、学校という場所と、

学籍番号など学校が持つ識別情報に注目しました。

学生時代には、何とも思わなかった学籍番号。

試験用紙に書く。書類に書く。

それだけの番号だったかもしれません。

 

しかし、

卒業して50年経った時、

その番号が、

「私は確かに、あの学校にいた」という証しになったらどうでしょう。

 

住所ではありません。電話番号でもありません。

メールアドレスでもありません。

 

その人が、

あの学校で、あの時代を生きていた。

その事実を確認するための鍵です。

 

その鍵を使って母校へ戻る。昔の友人を探す。

しかし相手の個人情報は勝手に見ることができない。

 

学校やシステムを通じて、そっと一通のメッセージを届ける。

「久しぶり。元気にしているか?」

それで十分なのです。

 

もちろん、

すべての人が昔の友人と再会したいとは限りません。

人には、それぞれ事情があります。

思い出したくない過去もあるでしょう。

連絡を取りたくない人もいる。

 

だからこそ、この仕組みでは、

「つながれる自由」と同じくらい、

「つながらない自由」も大切にしたい。

 

個人情報は勝手に公開しない。

嫌なら返事をしなくていい。

迷惑行為があれば止められる。

安心できるからこそ、

人は、「あの人に連絡してみようかな」と一歩を踏み出せるのだと思います。

 

そして、

この仕組みにはもう一つ大切な意味があります。

昔の友人に連絡しようと思って、母校のサイトを開く。

すると、

今の学校が目に入る。

「あの校舎、建て替わったんだ」「あの部活、まだ頑張っているんだな」

「後輩が全国大会に出るのか」「創立100周年なのか」

 

そして、

昔の写真を見る。校門を見る。校庭を見る。

 

その瞬間、

友人だけではなく、自分自身の青春時代にも再会する。

 

私は、この仕組みの中で、ここがとても好きなところです。

 

友人に会いに行ったら、母校にも再会した。

そして母校に再会したら、昔の自分にも再会した。

 

母校の現在を知る。

後輩たちが頑張っていることを知る。

学校が困っていることを知る。

すると、

「何かできることはないかな」

と思う人が出てくるかもしれません。

 

寄付をする人もいるでしょう。

しかし、それだけではありません。

 

経営者なら、後輩に仕事について話してあげられる。

研究者なら、自分の知識を伝えられる。

海外で働いてきた人なら、海外へ挑戦する若者に経験を話せる。

 

失敗した人なら、「失敗しても人生は終わらないよ」

と伝えられる。

私は、この言葉には大きな価値があると思っています。

 

成功した人だけが後輩を助けるのではありません。

むしろ、

苦労した人。遠回りした人。失敗した人。人生につまずいた人。

そういう人だからこそ、誰かを助けられることがあります。

 

私たちは時々、「あの経験は無駄だった」と思います。

しかし、本当にそうでしょうか。

 

自分が苦労した経験が、

同じことで悩んでいる後輩を助けるかもしれない。

自分が失敗した経験が、誰かの失敗を防ぐかもしれない。

自分が立ち直った経験が、今まさに立ち上がれずにいる人へ、

小さな希望を与えるかもしれない。

 

そう考えると、

人生には、後になって初めて意味が分かる経験がある。

 

そして、

その経験を必要としている人とつなぐ場所が、母校だったらどうでしょう。

 

前のブログで、

「恩返しではなく、恩送り」という話をしました。

 

自分がお世話になった先生に、直接恩返しできなくてもいい。

昔助けてくれた先輩に、もう会えなくてもいい。

自分が受け取ったものを、次の世代へ渡せばいい。

 

ある先輩が、20歳の後輩に言葉を渡す。

 

その20歳の若者が、30年後、50歳になった時、

今度は別の後輩に言葉を渡す。

 

そして、その後輩が、また次の世代へ渡す。

 

そうやって、人から人へ、目には見えないものが受け継がれていく。

 

それこそが、100年続く学校の本当の財産なのかもしれません。

 

そして、そのつながりは、

一つの学校だけで終わる必要もありません。

 

A大学の卒業生の経験が、B大学の学生を助けてもいい。

福岡の高校を卒業した人が、東京の若者を助けてもいい。

日本で学んだ人が、海外の若者とつながってもいい。

 

企業も、地域も、研究機関も、そこに参加する。

 

すると学校は、

単に授業をする場所ではなく、

人と人、経験と夢、過去と未来が出会う「知恵の交差点」

になっていく。

 

約20年前に考えた小さな仕組みから、

私はそんな未来まで想像するようになりました。

 

ネットワーク。データベース。個人情報保護。特許。

学校間連携。企業連携。

いろいろな言葉を使ってきました。

 

しかし、どれほど大きな仕組みになったとしても、

 

最後にあるのは、一人の人間と、一人の人間です。

 

昔の友人から届く、「元気か?」という一言。

悩んでいる後輩に先輩が言う、「大丈夫だよ」という一言。

母校を見て思う、「懐かしいな」という気持ち。

 

私は、その小さな気持ちを大切にするために、技術があるのだと思っています。

卒業式の日。

私たちは、「今日で学校ともお別れだ」と思います。

 

友人と写真を撮る。先生に挨拶する。校門を出る。

そして、それぞれ別々の人生へ歩き始める。

 

でも、

もし今回お話ししてきたような仕組みがあったなら、

卒業式の意味は少し変わるかもしれません。

 

学校との関係が終わる日ではない。

友人との関係が終わる日でもない。

むしろ、

これから何十年も続く、新しい関係が始まる日。

 

学生として母校にいた時代から、卒業生として母校とつながる時代へ。

 

いつかは、後輩を支える先輩として母校へ戻る。

 

そう考えれば、

卒業とは、「さようなら」ではなく、「またいつか」

なのかもしれません。

 

 

約20年前、

私は、「相手のメールアドレスを知らなくても、人と人をつなげないだろうか」

と考えました。

 

前例のほとんどないことへの挑戦でした。

そして特許という形に残しました。

 

あの時蒔いた小さな種が、もし今の時代にもう一度芽を出すとしたら、

 

私は単なる便利な通信サービスにはしたくありません。

人と人をつなぐ。人と母校をつなぐ。先輩と後輩をつなぐ。学校と学校をつなぐ。

 

そして、過去から未来へ、人の思いをつなぐ。

そんな大きな木に育ってほしいと思っています。

 

最後に

改めて思ったことがあります。

 

人の人生は、出会いで大きく変わります。

一人の先生。一人の友人。一人の先輩。

たった一人との出会いが、

その後の人生を変えることがあります。

 

しかし時間が経てば、その大切な人とも離れていく。

 

だからこそ、

人の縁を、時間だけを理由に失わなくてもいい仕組み

があってもよいのではないでしょうか。

 

個人情報は守る。一人ひとりの意思も尊重する。

それでも、

つながりたい時には、もう一度つながることができる。

その入口に、

自分を育ててくれた母校がある。

 

私は、そんな未来を思い描いています。

 

 

そして、約20年前に私が考えたこの発明が、

いつの日か、

誰かと誰かをもう一度つなぐことができたなら――

 

それこそが、

この特許を考えた本当の意味だったのではないか。

私は、そう思っています。

 

今回の特許の話しはこれでおしまい、、、。

 

明日からは何が???

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