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社長&顧問ブログ

2026.9.28

幸田露伴五重塔

高光産業株式会社

妹尾八郎です

 

昨日までは、

森鴎外、夏目漱石、そして谷根千という町に

多くの文人が集まった理由の話しでした。

 

上京時に参拝している根津神社の中にある

「舞姫の家」から始まった小さな疑問が、

少しずつこの町全体へ広がってきました。

 

そして今日は、

根津・千駄木から私の東京の家がある少し谷中の方へ

目を向けてみたいと思います。

 

谷中と聞いて、

今では谷中銀座や夕やけだんだんを思い浮かべる方も多いでしょう。

しかし、この町にもまた、

日本文学史に大きな足跡を残した作家がいました。

 

その人が、幸田露伴です。

 

そして露伴の代表作の一つが、『五重塔』です。

 

この作品を読んで、私はまた一つ考えさせられました。

それは、

「人は、何のために仕事をするのだろう」ということです。

 

谷中には、本当に五重塔があったのです。

 

現在の谷中を歩いても、五重塔を見ることはできません。

しかし、かつて谷中には立派な五重塔がそびえていました。

 

その塔を題材として、幸田露伴は『五重塔』を書きました。

 

作品が発表されたのは明治24年、1891年から翌年にかけてです。

物語の中心人物は、大工の十兵衛。

周囲からは「のっそり」と呼ばれるほど、要領が良いとはいえない人物です。

 

口も達者ではない。

人付き合いもうまいわけではない。

世渡り上手でもありません。

 

しかし、

木を扱う腕だけは誰にも負けない。

 

そして何より、

「この五重塔を、自分の手で建てたい」

という強い思いを持っていました。

 

十兵衛が五重塔の仕事を求める理由は、

単に大きな仕事だからでも、お金が欲しいからでもありません。

 

自分の腕を、仕事として残したい。

自分が生きた証しを、形として残したい。

 

その思いでした。

 

作中には、五重塔が完成した時に、「あれは十兵衛が建てた塔だ」

と人から言われたいという、職人としての切実な思いが描かれています。

 

私はここに、とても人間らしいものを感じます。

 

誰にでも、「せっかく仕事をするなら、良い仕事をしたい」

という気持ちがあるのではないでしょうか。

 

給料をもらう。生活をする。

もちろん、それも仕事の大切な意味です。

 

しかし、それだけではない。

「これは自分がやった仕事だ」

そう胸を張って言えるものを、一つでも残したい。

そんな思いが、人にはあるのだと思います。

 

世渡りが上手な人だけが、良い仕事をするわけではないのです、、。

十兵衛は決して器用な人間ではありません。

人に取り入ることも苦手です。

自分を上手に売り込むこともできません。

 

今の言葉でいえば、自己PRが上手なタイプではないでしょう。

しかし、仕事への思いだけは誰にも負けない。

 

私は、そこがとても心に残りました。

 

現代社会では、自分を上手に見せることが求められる場面がたくさんあります。

話し方。見せ方。発信力。人脈。

もちろん、それらも大切でしょう。

けれども、

最後に人の心に残るのは、

結局、その人が何をつくったか、何を残したかなのではないでしょうか。

 

口では立派なことを言っても、仕事が伴わなければ残りません。

反対に、うまく話せなくても

、黙々と良い仕事を続けている人は、やがて誰かがその価値に気づきます。

 

十兵衛にとって、五重塔を建てることは、

単なる一つの仕事ではありませんでした。

 

それは、

自分という人間のすべてを懸ける仕事だったのだと思います。

 

だから妥協できない。だから譲れない。

だからこそ、周囲と衝突することもある。

ここには、仕事をする人なら誰でも考えさせられるものがあります。

 

私たちは日々、さまざまな仕事をしています。

会社を経営する人。営業をする人。ものをつくる人。人を育てる人。

どの仕事にも、目立つ仕事と目立たない仕事があります。

 

しかし、本当に大切なのは、

「大きな仕事か、小さな仕事か」ではないのかもしれません。

 

その仕事に、どれだけ自分の心を入れたか。

それが大切なのだと思います。

 

五重塔はなくなっても、『五重塔』は残った

ここにも、不思議なことがあります。

 

谷中にあった五重塔そのものは、今はありません。

けれども、幸田露伴の『五重塔』は残っています。

 

建物は失われても、その建物を題材にした物語は残った。

そして百年以上たった今も、私たちはその物語を読むことができます。

 

私はこのことにも、深い意味を感じます。

人がつくったものには、いつか形がなくなるものがあります。

 

建物もそうです。会社もそうかもしれません。

商品も、いつか姿を消します。

 

しかし、

そこに込めた思いや仕事への姿勢は、別の形になって残ることがあります。

 

誰かの記憶に残る。

誰かの言葉に残る。

次の世代へ受け継がれる。

それも、

一つの「仕事を残す」ということなのではないでしょうか。

 

私は『五重塔』を知って、ふと思いました。

人が仕事を終えた時、何が残るのでしょう??。

 

役職でしょうか。肩書でしょうか。会社の規模でしょうか。お金でしょうか。

もちろん、それらも大切なものです。

 

しかし、本当に心に残るのは、

「あの人は、こんな仕事をした人だった」という記憶ではないでしょうか。

 

誠実な仕事をした。人のためになる仕事をした。

誰もやらなかったことに挑戦した。最後まで投げ出さなかった。

そんな仕事の姿勢は、その人がいなくなった後も残ります。

 

十兵衛が欲しかったのも、きっとそれだったのでしょう。

 

「あの塔は、十兵衛が建てた」ただ、その一言。

しかし、

それは職人にとって何より重い言葉だったのかもしれません。

 

若い頃は、どうしても、「何を得るか」を考えます。

仕事を得る。地位を得る。収入を得る。評価を得る。

それは自然なことです。

 

けれども年齢を重ねてくると、

少しずつ問いが変わってくるように思います。

 

「これから何を得るか」ではなく、「最後に何を残せるか」。

 

仕事もそうです。人との関係もそうです。

言葉もそうです。

 

自分が考えたこと。自分が経験したこと。自分が挑戦したこと。

それらを次の人に残していく。

それも人生の大切な仕事ではないでしょうか。

 

今、谷中を歩いても、幸田露伴が見た五重塔そのものはありません。

しかし、その歴史を知って歩けば、

「この町に、かつて大きな五重塔があった」

と想像することができます。

 

そして、その塔を見ながら一人の作家が物語を考えた。

その物語の中で、一人の職人が自分の仕事に命を懸けた。

そう思うと、

何もなかった場所にも、何かが見えてくるような気がします。

 

これが、歴史を知って町を歩く面白さなのかもしれません。

同じ道。同じ風景。

けれど、

そこにあった物語を知るだけで、町はまったく違って見えてきます。

 

私たちは皆、

幸田露伴の『五重塔』に出てくる十兵衛のような大仕事をするわけではありません。

けれども、

今日、自分に与えられた仕事にどれだけ心を入れるか。

これは誰にでもできます。

 

誰も見ていなくても丁寧にする。小さな約束を守る。最後まで手を抜かない。

自分の名前が出なくても、良いものをつくる。

 

そういう一日の積み重ねが、

やがてその人の「仕事」になるのではないでしょうか。

 

大きな仕事をすることより、自分の仕事を大切にすること。

 

それが結果として、大きな仕事につながっていくのかもしれません。

そしていつか、

「あの仕事は、あの人がやった」

そう言ってもらえるものを一つでも残せたなら、

それはとても幸せな人生ではないかと思います。

 

根津神社の一軒の家から始まった今回の話し、、。

 

森鴎外から夏目漱石へ。漱石から谷根千という町へ。

そして今度は、谷中の幸田露伴へとつながりました。

 

一人ひとり、生き方は違います。

しかし共通していることがあります。

それは、

自分に与えられた場所で、自分にできることを懸命に残そうとしたこと。

だからこそ、百年以上たった今も、その名前が語られているのでしょう。

 

そして谷根千には、まだまだ多くの文人たちの足跡が残っています、、、、。

 

次回は????

今も私たちの胸に残る言葉を数多く残した一人の歌人へ

進めるか???

 

それとも??????。

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